『水面下の思惑』 作:天びん。

Aguhont Story Record 外伝

『水面下の思惑』

作:天びん。

30分


【登場人物】

アリーンシャ:リーベルに住んでいる獣人(クォーター)の女の子、元気で活発。無謀で図太く振る舞うが、少々臆病な一面も。戦闘ではバルナで購入した両手剣・グランルナを扱う。友達が多い。

シャトン:リーベルに住んでいる獣人の女性で弓の名手。口数が少ないが情に厚く親切。言葉が足りずよく勘違いされる。ティーナとは親友だが、最近連絡がなく心配している。

ラポム:性別不問、タングリスニに住んでいる獣人。リスのような見た目でリンゴを半分にしたような帽子を被ってリュックを背負っている。珍しい木の実を集めるのが好き。少し前にアリーンシャに護衛を依頼してからよく連絡を取っている。

ティーナ:エルフの女性、戦闘にハープ(楽器)を用いる。性格は朗らかで爽やか、かなりの方向音痴。シャトンとは親友。タングリスニに住んでいたが、少し前に機密文書を盗んだ獣人の少年を庇って一緒にバルナに連れていかれた。



【本編】



アリーンシャ:(N)私とシャトンはラポムさんからの依頼でタングリスニを目指していた。



シャトン:ねぇ。

アリーンシャ:…!な、何?シャトン?

シャトン:今回はラポムさんからエリスを通して依頼があったのよね?

アリーンシャ:うん。なんでも…最初はある漁村からラポムさんに依頼があって、調査を進めるうちにリーベルにも影響がありそうだし、一緒に現地を確認した方が良いだろうってことになったみたい。

シャトン:なるほど。それでタングリスニに住んでいた我々が派遣されたのね。

アリーンシャ:そういうこと。詳しくは現地についてからラポムさんが説明してくれるみたい。

シャトン:…そう。

アリーンシャ:…。

アリーンシャ:あー…結構歩いてきたけど、シャトンは疲れてない?

シャトン:気にしないで、私は平気だから。

アリーンシャ:そっかぁ…疲れたらいつでも言ってね?

シャトン:…ええ。



アリーンシャ:…。(スゥーッ)

アリーンシャ:(空気がもたない…!!)

アリーンシャ:(シャトンと任務に出るのは別に良いけど、口数が少ないから機嫌が悪いのかそうじゃないのかが分かんないんだよね。もっと話しかけたり、気を利かせて少しは休憩した方がいいの?)

アリーンシャ:(あー、もう!わっかんないよぅ!!)


シャトン:(ティーナは元気にしているだろうか…。)

シャトン:(アリーンシャがタングリスニと共同で調査するって言うから、エリスに頼み込んで今回の調査に同行させてもらえた。…ティーナからの連絡もしばらく途絶えているし、何か面倒なことに巻き込まれてなきゃ良いけど…。)

シャトン:(それにしてもアリーンシャは本当に素直で良い子なのね…。他国に移動しても友人達から頼られるなんて、そうそう無いわ。)

シャトン:(こういった社交性の高さは、私が真っ先に見習わなくてはならない所ね。)



ラポム:…!

ラポム:おーい、アリーンシャ~!こっちこっち~!

アリーンシャ:あ!ラポムさーん!!お元気でしたか?

ラポム:スッゴク元気だよぉ!シャトンさんも長い道のりをありがとうございます。

シャトン:構わないわ。

ラポム:いやぁ、助かるよぉ。もう僕だけじゃとうしようもなくなっちゃってさ…リーベルとタングリスニ双方のことが分かる2人が来てくれたなら百人力だね!

シャトン:…で、早速で悪いのだけれど、今回の依頼と経緯について話してもらえるかしら?

ラポム:分かったよ。じゃあ、現地に向かいながら話すね?

アリーンシャ:え?もう行くの?もう少しゆっくりしてからでも良いんじゃない?

シャトン:状況は早いうちに頭に入れておいた方が良いと思うの。ラポムさんが依頼を受けてから日が経ってるし、ここまで来るのに体力も消耗しているはず。やれる事は早く済ませた方が良いわ。

アリーンシャ:そう、だね。分かった。

ラポム:じゃあ2人とも馬車に乗って~こっちに停めてるから!



アリーンシャ:(タングリスニに来るのも久し振りだし、皆に挨拶して回りたかったんだけど…。任務で来たのに、浮かれてるって思われた?さっきの言葉も「ここには遊びに来たんじゃない」って意味で言ったのかな…)


シャトン:(タングリスニに戻ることなんて、そうそうない。やるべき事は早く終わらせてティーナを訪ねたい。話したいこと、聞きたいことは沢山ある。…アリーンシャも友人とゆっくり話す機会を作ってあげられたら良いわね。)


―ラポム、アリーンシャとシャトンを馬車に乗せて走っていく。


ティーナ:はぁ…はぁ…

ティーナ:やっと、着いたぁぁぁ!!

ティーナ:シャトンちゃん、私やったよ…!目的地のタングリスニに1人で…辿り着くことができたよぉ…!


―ティーナ、道端の雪に仰向けで倒れ込む。


ティーナ:大変だったぁ…。

ティーナ:バロウズさんに「ねぇ君。ちょっとお使い頼まれてくれない?!たまたま壊れちゃった魔導具の装飾の修理をタングリスニに依頼してたんだけどさ、全然返事が帰ってこないんだよね。だからさ、タングリスニの…え、えすあしい?って村に行って直接回収してきてもらえる?君はタングリスニからミケに付き添ってきただけだし、お仕事頼んでも良いよね?ね??」って書状渡されたから旅に出たけど…まさかこんなにかかるとは思わなかったなぁ…。

ティーナ:それにしても、次はエスァスィか。タングリスニには着いたけど遠いなぁ…。でも馬車に乗れば間違いなく辿り着けるよね、…よーし!


―一方馬車に乗せられたアリーンシャとシャトンは、ラポムから事の経緯を聞いていた。


ラポム:事の発端は辺境のとある村…エスァスィで起こった異変がきっかけだった。

シャトン:エスァスィ…確か少し前に砦を建築するのに協力してもらった村のこと?

ラポム:そうそう!流石シャトンさん、軍にいただけの事はあるね!

アリーンシャ:でも確かエスァスィの村って小さな田舎の集落…って感じだよね?そこで何があったの?

ラポム:実は、エスァスィの前に広がる海は所々大きな岩場とか岩礁があるせいで波の流れが読みにくく、地元の漁師さんでも船を操舵するのが難しいって言われているんだ。

シャトン:確かに。そのせいでタングリスニからリーベルに渡るのに海路(かいろ)は使えないとされているのよね?

ラポム:その通り!だから、漁師さんといっても岩場や素潜りをして貝を採ったり、あまり岸から遠くない所で釣りをするくらいなんだけど…数週間前に、ある漁師が漁の最中に錯乱したんだ。

アリーンシャ:錯乱?

ラポム:うん…錯乱というかなんというか…。

シャトン:…詳しく話して。

ラポム:聞き取り調査によると、なんでも貝の収穫をしていた時に、いきなりその漁師が倒れて、仲間が駆け寄ったらうわ言のように「女神…女神…!」って呟いてたらしいんだ。そこからは1人、また1人と次々人が倒れていく…。その後も同じような症状で倒れる漁師が続出してね、村の漁師は結局全滅。もう村じゃどうすることも出来ないからって、アンナさんって人が代表で軍に調査を依頼したんだよ。

シャトン:なるほど。リーベルの対岸の村で起きた事だから、エリスにも共有したのね。

ラポム:そういうことー!

アリーンシャ:んー…ラポムさん。もしかして倒れたのって全員男の人?

ラポム:ポム?よく分かったね!そうだよー。

アリーンシャ:倒れた人が「女神…」ってうわ言のように呟いてたって言ってたから…。

アリーンシャ:なら海の男達を狙った集団催眠とか?でもそれなら何で女の人達は狙わないんだろ…?

シャトン:狙わないのではなく、狙えないのかもしれないわね…。そこにこの事件の謎を解く鍵が隠されてるのかもしれないわ。

アリーンシャ:う~ん…何か気になるんだけどなぁ…

ラポム:まぁ、現地で状況を見たらまた何か気付くかもしれないし、まだまだ先は長いから。

ラポム:あ、そうそう!サンドイッチ買っておいたんだ、食べる?

アリーンシャ:食べる~!!

シャトン:ありがとう、いただくわ。


―3人は車内でサンドイッチを食べ、談笑していると、しばらくして目的地エスァスィの岩礁に到着する。


ラポム:到着ぅ!

アリーンシャ:うわぁ!本当に岩場だらけ…ゴツゴツしてるねぇ!

シャトン:じゃあ早速現地を見に行きましょうか。

ラポム:ラッポム!こっちだよー!

アリーンシャ:んー…

アリーンシャ:ねぇねぇ、ラポムさん。倒れた人達って皆同じような場所で倒れてたの?

ラポム:そうだね。

アリーンシャ:ますます怪しくない?誰かが意図的にやってるんじゃないの?

シャトン:…分からないけど、少なくとも自然発生ではないでしょうね。

ラポム:着いた!皆あの辺りで倒れたらしいよ。



ティーナ:(N)ラポムが指差す辺りには、所々大きな岩が顔を覗かせている岩礁が広がっていて、中央はぽっかりと直径5m程の穴が空いており海水が溜まっている。



アリーンシャ:見たところそんなにおかしな感じはしないよ…?

シャトン:本当ね。

ラポム:んー、やっぱり男の人がいないとダメなのかな?女の人には効かない…とか?



ティーナ:(N)3人が辺りを注意深く探っても、何も見つからず、気付けば太陽は地平線の彼方に消えようとしていた。



ラポム:あっちゃー…もう日が暮れちゃうね…。

シャトン:…仕方ないわ。続きはまた明日にしましょう。

アリーンシャ:そうだね…。



ティーナ:(N)ラポムが用意した宿屋に向かって歩みを進めていると、不意にシャトンが口を開く。



シャトン:そういえば、ラポムさんに聞きたいことがあるのだけれど。

ラポム:ポム?なぁに?

シャトン:その…ティーナは元気にやってる?最近連絡がないからちょっと気になってて…。

ラポム:え?!シャトンさん、もしかして知らないの?

シャトン:…?何が?

ラポム:ティーナさんは、少し前に機密文書を盗もうとした奴と一緒にバルナ軍に捕まって連れていかれたんだよ。

シャトン:え?!

アリーンシャ:捕まった…?!

シャトン:ちょっと、その話詳しく教えなさい!

ラポム:ちょちょちょちょ…首、首がしまっ…苦し…!

アリーンシャ:シャトン、気持ちは分かるけど、少し落ち着いて…ん?


―アリーンシャ、目の端で何かが光ったのに気付いて岩礁の方をみると、所々見えている海面が一様にエメラルドグリーンに煌めいている。


アリーンシャ:シャトン!ラポムさん!!あれ見て!!

シャトン:?!海面が、煌めいている…?

ラポム:何コレェ!?僕が調査に来たときはこんなことなかったよ!?

シャトン:…!2人とも、あれは…何だ?


―その頃、ティーナを乗せた馬車がエスァスィに到着した。


ティーナ:はぁ~!やっと着いたぁ!

ティーナ:これはもうシャトンちゃんに自慢できると言っても過言ではないよね!!

ティーナ:ただ、迷わなくても良いのは助かるけど…い、イタタタタ…!

ティーナ:流石に長距離移動だとお尻が痛いな…

ティーナ:えっと…バロウズさんから頼まれた書状はエスァスィに来てるラポムさんに渡せば良いんだよね?何処にいるんだろ?…宿屋かな?

ラポム:(驚いた声、小さく)ポムー?!

ティーナ:え?あれ?ラポムさんの声?…というか悲鳴…?

ティーナ:どこから聞こえるんだろ…?

ティーナ:えっと、えと…あっち、かなぁ?



シャトン:(N)私が指差す先には、さっきまで誰もいなかったにも関わらず、いつの間にか美しい女性が海水の穴の淵に腰かけており、東の空に輝き始めた月を見上げていた。



ラポム:ポムー?!

アリーンシャ:あれが…女神?

シャトン:確かに美しい女性だけど、一体いつから、何処から現れたの?水音も聞こえなかったわよ…。

ラポム:僕見てない…。

アリーンシャ:私も…今の今まで気付かなかった…。

シャトン:とりあえず…話を聞くわ。もしかしたら彼女が何か知ってるかもしれない!

アリーンシャ:う、うん…。

アリーンシャ:(…あれ?そういえば昔お母さんから聞かされた昔話で船乗りのお話があったような…あれって確か…)


―シャトンが女性まであと2メートルといった所で微かに音が聞こえてきた。


シャトン:(…何だ?微かに聞こえてくる…所々抜けてはいるが、これは…)

シャトン:―音楽?

アリーンシャ:―!シャトン、戻って!!

シャトン:!



ティーナ:(N)アリーンシャの声でシャトンが咄嗟に飛び退くと、女性の頭がクルリと3人の方を向いた。

ティーナ:(N)女性はケタケタと不気味に笑うと頭がパックリと割れ、そこからテラテラ光る無数の触手が姿を現す…!



アリーンシャ:(全力拒否の演技お願いします)キモい!キモい!キモい!キモい!ってかグッロ!!何あれ!!

シャトン:これはまさか…クライオン?!

ラポム:クライオン?!流氷の妖精とか天使とか言われるあの?!にしたって普通は爪くらいの大きさなのに、この個体は大きすぎるよ!!

シャトン:何故ここまで大きくなったかは分からないけど、変異種ってことになるのかしらね。

アリーンシャ:私そーゆーのよく分かんないけど、これ放置したらマズイってことだけは分かるよ?

ラポム:そもそもクライオンは漁場を荒らすから駆除対象だよぉ!!

シャトン:とりあえず、私達で討伐するわよ!

アリーンシャ:う、うん!



ティーナ:(N)アリーンシャがグランルナを抜き、シャトンが弓を取り出す。ラポムもドングリ爆弾に手を伸ばしたところで、その女…クライオンがずるりと穴から這い出してきた。

ティーナ:(N)その様子はまるで物語の人魚のようで、足はなく腰から下はヒレのようなものがついていた。



アリーンシャ:男を魅了し、惑わせる…ほんっと、物語のセイレーンそっくりね!

ラポム:せ、セイレーン?

アリーンシャ:昔お母さんに読み聞かせてもらった物語の中に歌声で船乗りを惑わし、船を沈める魔物の話があったのよ。それがセイレーン。

シャトン:なるほど、魅了…それなら男性だけが狙われたことも頷けるわね。

アリーンシャ:2人とも、あれ…クライオン?の弱点とか分かる?

ラポム:どうだろう…僕もあまり詳しくないからなぁ…。

シャトン:頭の中の触手じゃないかしら?内側にあるってことは意図的に隠している可能性もあるわ。

アリーンシャ:うぇー…、あの気持ち悪いのを切らなきゃいけないの…。

シャトン:そんなこと言ってる場合?…来るわよ!



ティーナ:(N)クライオンがパックリと口を開き、触手を素早く伸ばしてくる。シャトンが避けて矢を射ると、すんでのところで触手が矢を受け止めた。



シャトン:何て反射神経してるのよ…!

アリーンシャ:それならラポムさん!!クライオンに爆弾投げて!!

ラポム:ラッポム!喰らえ、ドングリ爆弾ー!!

アリーンシャ:かーらーのー…ルナバーストォ!!



ティーナ:(N)ばら蒔かれたドングリ爆弾にグランルナの風圧が加わり、銃弾のようなスピードでクライオン目掛けて飛んでいく。

ティーナ:(N)クライオンも触手を使ってドングリ爆弾を弾くが、流石に避けきれなかったのか数発喰らってよろめく。



シャトン:いいぞ…!



ティーナ:(N)しかし、次の瞬間クライオンの身体が緑色の光に包まれると、爆破による怪我が全て回復した。



シャトン:何?!

アリーンシャ:ええ?!回復した??

シャトン:魔術を使用したようには見えなかったが…

ラポム:でも周りに魔術を扱う存在は見当たらないよ?

シャトン:何にせよ厄介だわ…回復元を叩かないと消耗戦になって、いずれ爆弾や矢のストックがなくなった私達の方が不利になる…!

ティーナ:?!何これ…!!

シャトン:なっ…!ティーナ?!

ティーナ:え…?シャトンちゃん…!!



アリーンシャ:(N)クライオンを挟んで向かい合う形でティーナが現れた。

アリーンシャ:(N)不意に声をあげてしまったせいか、クライオンの目がティーナの姿を捉える。



シャトン:逃げろティーナ!!こいつは変異種だ!!

ティーナ:へ、変異種…?って…。

ラポム:てい、てい、ていっ!!

ラポム:君の相手は僕だ!そ~れ、鬼さんこちら~!!



アリーンシャ:(N)ラポムがドングリ爆弾を当ててクライオンの注意を反らす。その隙にシャトンとアリーンシャはティーナの元に駆け付けた。



シャトン:ティーナ!良かった何もなくて…。

ティーナ:シャトンちゃん!

シャトン:聞きたいことは山程あるが、まずはこいつを倒さないと…

ティーナ:あれは何…?

ティーナ:何て言うか、その…スゴく気持ち悪いね…。

アリーンシャ:クライオンの変異種みたいなの。

シャトン:クライオンに魔術を扱う素振りは見られなかったのに、いきなり回復したんだ。

ティーナ:えぇ?!

ラポム:うわぁっ!!



アリーンシャ:(N)クライオンの突進を喰らったラポムが凄い勢いですぐ近くに突っ込んでくる。その様子を見てクライオンは相変わらず不気味にケタケタと笑っていた。



ラポム:ポムぅ…目がチカチカするよぉ…。

シャトン:くそっ…これでも喰らえ!!



ティーナ:(N)シャトンはダメ元で3本矢を放つ。が、クライオンは先程同様触手で2本の矢を受け止めた。1本は身体を掠めたが、それも瞬時に回復してしまう。



シャトン:…っ、やはりダメか…。

ティーナ:―待って。

シャトン:ティーナ?

ティーナ:アリーンシャちゃん、お願いがあるの。クライオンがいる海水の穴、あれを割ることって出来る?

アリーンシャ:どうだろ?…とりあえずやってみるね。



ラポム:(N)アリーンシャがグランルナを構えてクライオンを見据える。その隙にティーナは荷物の中からハープを取り出し、奏で始めた。

ラポム:(N)クライオンがその音を捉えると、すぐに身体がフラフラと揺れ始め、岩礁に倒れ込んだ。



ティーナ:…よしっ、アリーンシャちゃん。

アリーンシャ:おっけい!…『疾風一閃』!!



シャトン:(N)アリーンシャがグランルナを岩礁に叩きつけるように振り下ろすと、モーセの十戒のように海水が半分に割れた。



アリーンシャ:ティーナさん、こんな感じでいい?

ティーナ:ありがとう。



シャトン:(N)ティーナがその穴を覗き込むと、海底にあったあるものを取り出した。



ラポム:?その箱なぁに?

ティーナ:多分、私が探してたものね。



アリーンシャ:(N)ティーナが箱を開けると、穏やかなハープの音色が響き渡る。シャトンにはこの音色に聞き覚えがあった。



シャトン:これ…!ティーナの癒しの音色…。

ティーナ:そうだよ。もしかしたら、クライオンはこの音色を聞いて肥大化したのかもしれないね。

シャトン:なるほど、回復量を上回る癒しの力が身体を育む力に変換されて…。

ティーナ:実は私、ある人から頼まれて装飾の修理を依頼した魔導具を回収するためにタングリスニに来たの。

ティーナ:これ、中身は記録式魔導具なんだけど、誰かが私の演奏を記録していたみたいだね。

ラポム:それを輸送中に何らかの衝撃が加わって荷台から落ち、ここに沈んだと…。

アリーンシャ:何それ、メッチャ迷惑な話…!

シャトン:しかし、ティーナは魔法を歌に乗せて発動する戦闘スタイルだろ?録音しても魔術が発動するものなのか?!

ラポム:うーん…これが沈んでた場所が魔法の使えるタングリスニ国内だってことは関係ありそうだけど、そもそも録音したら魔法が使えちゃうっていうのも良く分からないなぁ…。

ティーナ:あー…それはもしかしたらこの魔導具固有の力かも。今回結構偉い人から依頼されたから…ほら。


―ティーナがラポムにバロウズから預かった書状を渡す。


ラポム:んーどれどれ…?

ラポム:…えぇーっ?!これ大昔に作られた魔導具じゃん!!それこそアーティファクト級の皇族とかの宝物庫にあるようなやつ!!誰だよそんな高価なもの壊したのはぁ!!

シャトン:…何をしたらティーナがそんな物の回収をすることになるんだ?

ティーナ:頼まれちゃったからねぇ。

ティーナ:…とにかく、この魔導具は私が責任持ってバルナに持ち帰るわ。

ラポム:僕はこいつを縛って軍に持っていくよ。流石に大きすぎるから処理について話し合わないといけないからね。

アリーンシャ:あ、じゃあ私も手伝うよ。



ラポム:(N)2人が慌てて縄を調達してると、シャトンは神妙な顔付きでティーナに問いかけた。



シャトン:ティーナ、先程ラポムさんから機密文書を盗んだ奴と一緒にバルナ軍に捕まったと聞いた。…一体何があったんだ。

ティーナ:あ、私は捕まった訳じゃないよ。保護されたの。泥棒した子がまだ幼い子供で、心配だったから自分からついていったのよ。

シャトン:…ティーナ…。自分から面倒事に首を突っ込みにいってるじゃないか。

ティーナ:あははは…。そうだね、ごめんなさい。

シャトン:…連絡もないし、心配したんだからな。

ティーナ:うん…。

シャトン:本当に…無事で良かった…。

ティーナ:ありがとう。

シャトン:今回は早々に任務を終わらせて…ティーナ、君を訪ねようと思っていたんだ。

アリーンシャ:…え?



ティーナ:(N)シャトンの言葉に縄でクライオンを縛ろうとしていたアリーンシャが、シャトンの方を見る。


シャトン:うん?

アリーンシャ:シャトンが早く任務を済ませようって急かしてきたのは、「任務で来たのに浮かれるな」って釘を刺した訳じゃなかったの?

シャトン:いや…そんなつもりはなかったよ。むしろ私は「アリーンシャも久々のタングリスニだし、友人達とゆっくり話す機会を作ってあげたい」と思ってた。

アリーンシャ:えぇ?!

ティーナ:シャトンちゃんは言葉足らずで良く勘違いされちゃうんだよね。…本当は誰よりも情に厚くて親切なのに。

シャトン:ちょっ…ティーナ!

アリーンシャ:…なーんだ。私が勝手に臆病になってただけだったのね。

シャトン:?どういう意味だ?

アリーンシャ:ううん、何でもなーい!

アリーンシャ:あ、私ラポムさん手伝ってこよーっと!

シャトン:なっ?!…おい、アリーンシャ!

ティーナ:ふふっ…仲良くやれてるみたいだね。

シャトン:…からかわないでよ。

ティーナ:良いお友達が出来たんだね。

シャトン:あぁ。かけがえの無い仲間だよ。