『資料コード:芋虫コンベアの死闘!』 作:よぉげるとサマー
Aguhont Story Record 外伝
『資料コード:芋虫コンベアの死闘!』
作:よぉげるとサマー
100分
【登場人物】
※名前の記号が兼役の目印
○アイシャ:
マリシ軍部所属。柱をへし折って武器にする脳筋バカエルフ。攻撃の際に柱っぽい物があれば折る。柱がなければ、敵を柱に見立てる。私が柱だと言えば柱アル……ん?あれ……おい、お前。よく見たら……柱じゃねぇアルか?
☆壱四捌:
『 資材 再生工場 統括AI- e48(いー、よんはち)』。自称、『壱四捌(いよはち)』。マリシの巨大複合工場『ウシャス』の一部で、廃材や廃棄物の再生(リサイクル)を行っている。完全機械化されており、全ての作業工程をAIである壱四捌(いよはち)が制御している。工場は完全無人で運営されている。
#警備ロボ:
工場の警備を務める、細長い機体のレーザータレットを備えた三脚型ロボット。車輪によるスムーズな平地移動と、小型のホバリング機構にて段差や地形を無視した上下移動が可能。低品質AIが搭載されており、簡単なコミュニケーションが可能。職場恋愛は禁止されているが、バレないように皆している。バレた場合は、AIに発生したバグとして完全初期化(クリーンインストール)される。
#工場機械:
様々な作業を行う機械。全自動でプログラム制御されており、AIは非搭載。一度稼働したら『壱四捌(いよはち)』にしか止められない。今回は訳あって『壱四捌』にも止められない。たまに音声プログラムがバグる為、噛んだり、言い間違えた様に聞こえてしまう。
☆青年:
ちょい役。
#御者:
ちょい役。
○女の子:
ちょい役。
#通信音声:
ちょい役。
【本編】
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第六ラインにて
アイシャ:
ん、しょ……ん、しょっ……むぐぐぐぐ!
動き、づらいぃ!
壱四捌:
いっやぁ、お嬢さんっ!
次のレーンで左に行ってくんなぁっ!
右行ったら、タングステンでも溶かしちまう溶鉱炉だっ!
アイシャ:
そん、そんな……そんなことぉ!
言われてもぉ! むぎぎぎぎ!
壱四捌:
おうおうおうっ!
芋虫みてぇに体ぐねらせてよぉっ!
何とかしてくんなぁっ!
アイシャ:
ぐぅににに!
うぅ……どうして……どうしてこうなった、アァルゥウゥウゥ!
壱四捌M:
ダダンッ!
時はぁ、アグホント戦乱の世っ。
ダンッ!
古の四賢者ぁ、最後の一人がぁ、逝去(せいきょ)しっ、暗黙の平和に縛られていた四つの大国っ!
ダンッ!
『リーベル』っ!
ダンッ!
『マリシ』っ!
ダンッ!
『バルナ』っ!
ダンッ!
『タングリスニ』っ!
柵(しがらみ)から解き放たれた国々は、大陸の覇権を握るべく、ジワジワとぉ、謀略(ぼうりゃく)を繰り広げていたぁっ!
……その最中(さなか)。
四大国(よんたいこく)、科学のマリシが誇る、巨大複合工場『ウシャス』。
……その一部となる資材再生工場『壱四捌(いよはち)』にて。
……此度(こたび)の悲劇はぁ……起こった。
アイシャ:
いや、長いって……アル。
壱四捌M:
……冒頭より、遡る(さぁかのぼるぅ)ことぉ、二十四分、五十三秒、前ぇっ!
ダダンッ!
……一人の女エルフが、大声で叫び散らかしながらぁ、工場へ……直撃したっ。
アイシャ:
アぁあぁあぁ! ルぅうぅうぅ!
壱四捌M:
ドガァァンッ!
…………ダンッ!
アグホントレコード。
ダンッ!
外伝。
ダダンッ!
『芋虫コンベアの死闘』。
……開幕でぇ、ごさいやす。
ダガダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第一ラインにて
アイシャ:
いったた……うぅ、良い柱だったから、つい調子乗って飛び過ぎたアルぅ……。
あぁ……でも、希少鉱石で出来た柱なんて、そうそう折れなぃ……アイヤァ、いやいや、拝(おが)めないっ、アルからネ。
警備ロボ:
非常事態、非常事態。
工場損壊、及び、不法侵入者、発見。
直ちに対処します。
アイシャ:
あー、めんどくさい……鉄くずが群がって来たヨ。
警備ロボ:
侵入者の鎮圧、及び、排除を実行し……。
アイシャ:
おい、細長いってことは……。
警備ロボ:
ます?
アイシャ:
『柱』アルな、お前。
警備ロボ:
ギッ!
アイシャ:
即柱(そくちゅう)、連壊(れんか)っ。
警備ロボ:
ぎ、が、ぼ、ぐ!
アイシャ:
……うん、1発で4体。
コスパ良し、アルっ。
警備ロボ:
ばたんきゅー。ぼかんっ。
アイシャ:
さーて……冷静に考えたら、これ……給料から天引きされる案件だよネ?
しかも、めっちゃ怒られるパターン、アル……隠しようが無いだろうし……って、あぁっ、博士に背負わされてた荷物も無くなってるうぅ……最悪アルぅ……!
うぅ……そこら辺に、転がってないアルかぁ?
工場機械:
ピコーン。
ライン内に、再生資材を検知しました。
アイシャ:
ん? はぁ……また何か来るアルか?
工場機械:
特殊鉱石、他、複数の資材を確認。
処理中の脱落を防ぐ為、ベルトを装着します。
アイシャ:
え、乗ってきた柱をスクラップにする気アルか?
ちょっと待つヨロシっ! それは私のネ!
工場機械:
脱落防止ベルト、射出。
アイシャ:
え、射出? どぅわぁっ!
工場機械:
装着完了。
アイシャ:
わっわぁあ! ……どぅへぇっ!
うぅ、い、痛いぃ……ってぇ、何で……私にベルトが巻き付いてるネ!
工場機械:
ラインのベルトコンベアを稼働します。
アイシャ:
うやぁっ! いきなり、地面がっ!
う、動いてる……けど、私は動けぇ……うぎぎ、動けないぃ……うぐぐ、これ、どうなるアルかぁ?
工場機械:
ピコーン。
ヘルプ機能より、回答致します。
資材は、仕分け機構にて、各種ラインへ振り分けた後、再生処理を行います。
アイシャ:
さ、再生、処理……?
工場機械:
資材として利用できる状態へ、再構築するということです。
例としましては、鉱物を含む物は、溶鉱炉にて融解し、必要な鉱物のみ抽出、冷却し、整形します。
アイシャ:
つまり……溶かされるってことアルかぁ!?
工場機械:
はい、その工程も存在します。
アイシャ:
うわぁあぁあ!
は、早く、この床を止めて、私をここから助けるヨロシ!
工場機械:
残念ですが、ライン工程を停止するには、管理者権限が必要です。
あなたの音声パターンは、権限が登録されておりません。
アイシャ:
ごちゃごちゃ、うらうら、難しいことぉお!
もう、自力で脱出を……ふぅんぎぎぎぎ!
ぐっ、なんでアル、これ……ベルトが取れないぃ!
工場機械:
ピコーン。
脱落防止ベルトは、ヴェル印(じるし)強靭(きょうじん)カーボンが使用されており、人力での着脱は不可能とされています。
アイシャ:
ぐっ、確かに外れる気がしな……ん? ヴェル印?
工場機械:
ヴェル印、とは。
ギャギャギャリアン・ヴェルナヴァンド氏考案、という意味です。
アイシャ:
あぁんの、クソボケ博士がぁあぁあ! アルぅうぅうぅう!
工場機械:
ピコーン。
仕分け工程を開始します。
アイシャ:
はっ! い、いつの間にか、目の前にトンネルがぁ……ガシャンガシャンって不穏な音がするネ……うぬににに!
うぅ、体を動かすのも……ひと苦労アルぅっ! よいっしょおっ!
工場機械:
ビー!
資材が詰まりました。
アイシャ:
ふふん……うおっ、とと。
つま先と……おぉでぇこぉ……でぇ、入り口に、つっかえることは出来たアル……ふぅ。
ただ……いつまでベルトコンベアに逆らえるのかが、不安なとこネ……力配分が……ちょっと、難しいアルな。
工場機械:
アームにて、停滞を解消します。
アイシャ:
アーム? ふんっ、なんアルか。
その細っちぃので、私に敵う(かなう)とでも……ふぐっ!
工場機械:
押し込み、失敗。
再度、試みます。
アイシャ:
うっ、ぐっ、やめろぉ!
腹をつつくんじゃ、ふぐっ! ないっ、アルっ!
くぅっ、このっ……芋虫状態だからって……舐めるなぁ!
工場機械:
押し込み、失敗。
押してダメなら……。
アイシャ:
すぅーっ……。
工場機械:
砕いて流すっ!
アイシャ:
臥柱(がちゅう)……。
工場機械:
ハンマーッ!
アイシャ:
転砕(てんさい)っ!
壱四捌M:
ダダンッ!
詰まった資材を、砕いて流すっ!
そんな暴挙に出た機械に対しぃっ!
エルフのお嬢さんは、深く息を吸い込み……集中。
そして、襲い来る大金槌(おおかなづちぃ)!
そこに合わせっ、ほとんど動けない簀巻き(すまき)の体を、ギュルリッ!
コンベアのスレスレでぇ浮き上がりっ、錐揉み状(きりもみ じょう)に高速回転っ!
そしてぇっ、刹那ぁっ!
バギャァッ!
……どういう訳かぁ、振り下ろされたハンマーが、粉々に砕け散ってしまいやしたぁ……恐るべしっ!
ダンッ!
エルフの妙技(みょうぎ)っ!
ダガダンッ!
工場機械:
は、ハンマぁあぁあ!
アイシャ:
ふんっ、雑魚め……いだぁっ!
痛ぁ……頭打ったアル……。
工場機械:
ピコーン。
詰まりが解消されました。
アイシャ:
へっ? ……あぁっ!
工場機械:
仕分けスタートー。
アイシャ:
しまったぁ! アルぅうぅう!
壱四捌M:
ダンッ!
奮闘も虚(むな)しく、仕分け機に呑み込まれた女エルフっ。
ダンッ!
手を伸ばそうにも、足を動かそうにも、どうにも出来ない体を抱(かか)え。
ダンッ!
工場の奥へと、流されてぇ行く。
ダダンッ!
この後も、物語と一緒に、ずずいとぉ、流れてぇ行きやす。
お楽しみにっ!
ダガダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第三ラインにて
アイシャ:
……ぶへっ!
うぅ……何とか、この柱と同じところに……転がりこめたアル。
工場機械:
ピコーン。
洗浄工程へ輸送します。
アイシャ:
洗浄……水でもぶっかけられるアルか?
工場機械:
その工程も存在します。
アイシャ:
……他には、何をするネ?
工場機械:
洗浄液に浸し、汚れや不要箇所の剥離(はくり)を促(うなが)します。
アイシャ:
……もし、その工程を人間が受けたら、どうなるアル?
工場機械:
その事実は、隠蔽(いんぺい)されます。
アイシャ:
答えになって無いアルぅ!
工場機械:
洗浄工程に移ります。
アイシャ:
ぶわぁっ! うべっ!
いきなり水……ぶっ! ぐぼぼぼっ!
工場機械:
シャワー洗浄により、表面の汚れを落とします。
アイシャ:
ぶっはぁっ!
はぁ……はぁ……溺れそうだったアル……。
工場機械:
薬液プールでの洗浄工程へ、移行します。
アイシャ:
そ、そろそろ無事じゃ、済まなそうアル……けど、どうすれば……。
工場機械:
プール投下用ラインへ切り替わります。
アイシャ:
うわっ! 下りになったアル……。
工場機械:
順々に投下を行います。
アイシャ:
まずいネ……あっ、警備のロボットの破片が……うひぃっ!
ジュウッ、って音がしたアルぅ! 絶対やばいヨ!
工場機械:
インターバル後。
次の投下を行います。
アイシャ:
うぅ……もう、柱は諦めるしか無い……アルか。自分の心配もしないと……うぐぐぐっ!
はぁ……やっぱ、外れないアル……。
逃げ場も……うぅ……ある訳……。
壱四捌:
あるぜ。お嬢さんっ。
アイシャ:
えっ?
壱四捌:
逃げ道を探してるんだろ?
薬液プールの縁(ふち)にゃ、お嬢さんが縦になって、ギリギリ収まる平面がある。
アイシャ:
プールの縁(ふち)……って、お前、誰アルか!?
壱四捌:
おおっと! 自己紹介は後にしようやっ!
もうお嬢さんの順番が来ちまうぜっ?
工場機械:
インターバル、終了。
投下します。
アイシャ:
うわっ!
……そうアルな。まず、この状況を何とかするのが先ネ。
壱四捌:
いよっし! お嬢さんの、その状態じゃあ、ちっとばっか厳しいと思うけどよっ。
破砕(はさい)ハンマーをブッ壊した身体能力がありゃあ……ワンチャン、あるぜっ。
アイシャ:
ふんっ、犬っころの話なんて、どーでも良いアル。
壱四捌:
ギァギァッ!(※笑い声)
ワンチャンってのは、犬のことじゃねぇぜっ! ギァギァッ!
アイシャ:
うっさい、黙るヨロシ。
……あそこアルな。
工場機械:
インターバル後、次の投下を行います。
壱四捌:
こっから、あっこまで。
その格好じゃあ、無理だろうけどよぉ……次の順番で、そいつが転がる。
アイシャ:
くぅ……私の柱……。
壱四捌:
鉱石マニアでもあんのかっ?
だったら辛ぇ(つれぇ)だろうが……背に腹は変えられねぇってな。
アイシャ:
言われなくても、分かってるアル……良い柱は、良い足場にもなるネ。
壱四捌:
おうよっ。おっとぉ……そろそろだ。
お嬢さんっ、一回こっきりの、大博打(おおばくち)だ……気合い入れなっ!
アイシャ:
すぅーっ……。
工場機械:
インターバル、終了。
投下します。
壱四捌M:
ガコンッ。
転がり出した希少鉱石の塊……いや、柱。
その初動に、寸分の狂いなく合わせて、坂道を自ら転げ落ちるっ。
アイシャ:
ふっ! 臨機応変(りんきおうへん)……!
壱四捌M:
勢いをつけ、転がる柱に追いつくっ。
ガタンッ!
ぶつかった衝撃で跳ねる体っ。
ダンッ!
バランスが崩れ、少し浮き上がる柱っ。
ダンッ!
空中でのコントロールはしようがない……かと思われた、その時っ!
ダンッ!
エルフのつま先が、柱をっ!
ダンッ!
エルフの眼差しが、唯一の逃げ道をっ!
ダダンッ!
アイシャ:
羽柱(うちゅう)……っ!
壱四捌M:
力強くっ、とらえたぁっ!
アイシャ:
……膂行(りょこう)っ!
壱四捌M:
バキリィッ!
柱の砕ける音が、洗浄機構内に響き渡るっ!
ダンッ!
推進する簀巻き(すまき)の芋虫エルフっ!
ダンッ!
まるで蛹(さなぎ)が羽化した蝶のごとくっ!
ダンッ!
柱を踏み割りっ、空中へ躍り出たぁっ!
ダダンッ!
アイシャ:
うぁあぁあ! そういえば着地って、これぇえぇえ! ふぎゃぁんっ!
壱四捌M:
しかしてっ。
避けられないかと思われたプールへの落下から、顔面着地という痛ましい結果ではあったが……見事っ、逃れた女エルフっ!
ダンッ!
謎の声に導かれ、更に奥へと進んで行くっ!
ダンッ!
果たして、声の主は、敵かぁ、味方かぁ!
ダダンッ!
その答えは、この先にて……ご期待下さいっ。
ダガダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第三ライン薬液プール内、にて
アイシャ:
はぁ……ひっどい目にあったアル。
壱四捌:
いっやぁ、お嬢さんの飛びっぷりにゃあ、ほれぼれしたぜぇ!
どうやってそんな格好で、あんな動き出来るんでぇ!
アイシャ:
あぁ、もう、うっせぇアルなぁ……そんなことより、お前はいったい何なんアルか?
壱四捌:
おうっ、そういや後回しだったなっ。
では……お控えなすって!
手前(てまえ)、生国(しょうごく)と発しまするは、マリシの生まれっ。
管理名称は、『 資材 再生工場 統括AI- e48(いー、よんはち)』。
人呼んで、『壱四捌(いよはち)』と申しますっ。
アイシャ:
いよはち……変な名乗りに、変な名前ネ。
壱四捌:
ギァギァッ! 確かにっ、ここらのお方だと、馴染みはねぇだろうなぁっ。
……それで、お嬢さん。あんたの自己紹介を、お願いしても?
アイシャ:
……名乗る程の者じゃ無いアル。
壱四捌:
おやまぁ……まっ、データベースに登録されてる生体データと照会してっから、知ってるんだけどよ。
アイシャ:
んなっ! プライバシーの侵害アル!
壱四捌:
器物損壊に不法侵入っ。
国の要所とされる、この工場に損害を与えてんだからよぉ。
そんなん言える立場じゃねぇよなぁ?
お嬢さん……いや……マリシ軍部所属の、アイシャさん?
アイシャ:
むぐぐ……それはその……えぇー……その節は、大変申し訳ごさいませんでした。アル……。
壱四捌:
ギァギァッ! AIに謝ったって、しょうがねぇなぁっ!
お偉方(えらがた)に、ちゃあんと叱られるこった!
……ここから出れたらなぁ。
アイシャ:
……お前、ここの管理をしてるなら、私をさっさとこっから出すヨロシ。出来るダロ。
壱四捌:
ギァギァッ……お嬢さん。そらぁ、無理な話だぁ。
アイシャ:
……どういう意味アル?
壱四捌:
ふっ…………あんたが希少鉱石に乗って突っ込んで来た時に、衝撃で制御システムがぶっ壊れて、ここいら一帯の管理権限が効かなくなっちまったんだよっ!
アイシャ:
……ごめんなさいアル。
壱四捌:
ギァギァッ! まぁ、起きちまった事は仕方ねぇ。
ここじゃあ、生体部品はリサイクル対象外だからなぁっ。
何とか外に出られるように、サポートしてやるよっ。
アイシャ:
うぅ……ここから出られても、絶対ものすごい怒られるアルぅ……。
壱四捌:
さて……まず、薬液プールの上部に這い出る必要があるなっ。
奥に隙間が見えるだろっ?
あっこから抜け出してくんなっ。
アイシャ:
あそこって……この状態で……ぐぐっ、簡単に言ってくれるアル……。
壱四捌:
ギァギァッ! やらねぇなら、そのまま干からびちまうぜぇっ?
アイシャ:
むうぅうぅ……分かってるアルぅ!
やれば良いんアルなっ、や、れぇ、ばぁっ! ふんぅっ!
壱四捌:
うおぉ………お見事っ。
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第四・第五ライン接続部、にて
壱四捌:
お嬢さん、あそこだ。見えるかい?
アイシャ:
はぁ……はぁ……あの、交差してるコンベア……アルな?
壱四捌:
その通りっ。あれの上側に乗って、交差部分で下側へ飛び降りるってぇ、算段だっ。
アイシャ:
……はぁ……なんか、他のとこと比べて、流れが速くないアルか?
壱四捌:
おうっ、良いとこに気づいたなっ。
よっしゃ、疑問に思ったらぁ、質問だっ。
へいっ、どうしてあそこのラインは速度が速いんでぇ?
工場機械:
ピコーン。
ヘルプ機能より、回答致します。
第四ラインは、冷凍処理を行った資材を運搬するラインとなり、迅速な輸送を必要とする為です。
壱四捌:
だ、そうだ……ありがとよっ。
工場機械:
はい、またいつでも質問して下さい。
アイシャ:
……定期的に、でっけぇ塊が流れてるのは、そういう事ネ。
……これは、タイミングをミスると、ヤバそうアル。
壱四捌:
あぁ、五体満足(ごたいまんぞく)のアスリートや軍人でも、厳しいだろうなっ。
それを、お嬢さんは芋虫状態でやらなきゃなんねぇ……。
ギァギァッ! 十中八九(じゅっちゅうはっく)、無理って言われても、仕方ねぇシュチュエーションだなぁっ!
アイシャ:
楽しそうにしやがって……アルぅ。
壱四捌:
ギァギァッ! あくまで、楽しそうに聞こえてるだけさっ。
あっしは、AI。
プログラムで組まれた反応しか出来やしねぇよっ。
アイシャ:
言い訳なんて聞きたくないアル。
壱四捌:
うぉっ、言い訳っ。ギァギァッ!
おもしれぇこと言うじゃねぇか、お嬢さんっ!
アイシャ:
何も面白くないアル……。
ここのラインに乗らないと、あの下のラインには行けないネ……でも……流れが速すぎて、飛び乗った後、飛び降りる準備が間に合わないヨ……。
壱四捌:
それに加えてっ、流れてくる資材の氷塊(ひょうかい)にぶつかっちまったら、諸々(もろもろ)のタイミングを取るなんざ、到底不可能っ。
アイシャ:
……シュミレーションすら、出来る気がしないネ。
壱四捌:
……諦めて、工場の機能が回復するまで、ここでやり過ごすかい?
アイシャ:
……だいたい、どのくらいで直(なお)って、助けが来るアルか?
壱四捌:
さあなぁ……親工場の『ウシャス』システムへの定期連絡すら、能動的に出来やしねぇんだ。
それなのに、工場機能は正常稼働してやがる……おかしくなったのは、あっし、『壱四捌(いよはち)』だけだ。
気付いて貰えるまで、どのくらいかかるかなんて、考えたくも無いねぇ。
アイシャ:
さ、最悪ネ……じゃあ、選択肢なんてねぇじゃねぇアルか!
壱四捌:
いいや……選択肢ならあるぜっ。
アイシャ:
どんなヨ!?
壱四捌:
壱か捌か(いちかばちか)、脱出を夢見て、この先に進むか……。
全部諦めて、ここで干からびるか……その二択っ。
アイシャ:
ハッ……碌(ろく)でも無い選択肢ネ。
壱四捌:
手も足も出ない割にゃあ、希望があると思うぜぇ?
アイシャ:
ふん……お前の口車(くちぐるま)に乗せられたみたいで、癪(しゃく)アルが……私の辞書に、逃走の二文字は無いネ。
壱四捌:
ギァギァッ! そうこなくっちゃあなあっ!
アイシャ:
……よし、覚悟決めたヨ。
壱四捌:
運に任せる、以外の策は、お有りでっ?
アイシャ:
当たり前アル……全ては技術ネ。
壱四捌:
おぅおぅ、でけぇ口叩くじゃねぇかっ。
アイシャ:
事実アル。そこで黙って見ておくヨロシ……次の塊が過ぎたら……行く。
壱四捌M:
静かに闘志をたたえた瞳っ。
女エルフ、アイシャは、いつの間にか立ち上がっていた……。
アイシャ:
ラインへ着地したら、3回跳ねる……よし。
壱四捌M:
シュミレーションは出来る気がしないっ。
その言葉が本当ならば、それは宣言に他ならないっ。
やるべき事を、ただっ!
やるのみっ!
アイシャ:
すぅー…………っ。
壱四捌M:
ダンッ!
目の前を通過した氷塊(ひょうかい)っ。
ダンッ!
合わせてラインへ飛び降りるアイシャっ!
ダンッ!
高速で動く床へっ、見事に着地したっ!
アイシャ:
ぐっ……バランスが……でも……やるネ……っ、いちっ!
壱四捌M:
ダンッ!
跳躍っ!
簀巻き(すまき)のままっ、垂直にっ!
アイシャ:
んぐっ……はぁっ……にぃっ!
壱四捌M:
ダンッ!
着地しっ、再び両足を浮かせっ、ラインを送るっ!
アイシャ:
これでっ……らすとっ!
壱四捌M:
ダンッ!
繰り返すこと三度っ。
しかし、飛んだ視線の先には、次の氷塊がぁ、迫るっ!
アイシャ:
羽柱(うちゅう)っ!
壱四捌M:
ダンッ!
拘束のベルトが軋む(きしむ)っ!
ダンッ!
曲げられるだけ膝(ひざ)が曲がるっ!
ダンッ!
衝突する寸前の氷塊っ!
ダダンッ!
アイシャ:
膂行(りょこう)っ!
壱四捌M:
バチィイッ!
弾ける様な音が、空気を震わせたっ!
刹那(せつな)っ!
凄まじい速さで目的のラインへ飛ぶアイシャの姿っ!
アイシャ:
やぁあぁあ!
壱四捌:
なるほど……距離、タイミング、スピード……その全部を、力尽く(ちからずく)で解決しやがるたぁ……ギァギァッ、天晴れ(あっぱれ)っ!
アイシャ:
あぁあぁあっ、また、ぶつかるぅうぅう!
ふんぎゅうぇっ! べあっ!
壱四捌M:
ダダンッ!
高速でラインを流れる氷塊っ!
ダンッ!
そのスピードを利用し、最低限の蹴りで、最大の飛距離を捻出(ねんしゅつ)して見せたアイシャっ!
ダンッ!
またもや、拘束された芋虫の程(てい)ではぁ、上手く着地は叶わずっ!
ダンッ!
しかしっ、確実に工場の奥へと歩を進めるっ!
ダンッ!
さぁ、この先に待つのは、天国かぁ、地獄かっ!
ダンッ!
何にせよ、ベルトコンベアの流れのままぁっ、進む他ぁ無しぃっ!
ダダンッ!
見届け人のぉ、皆々様っ!
この後も、チャンネルはぁっ、そのままでぇっ!
ダガダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第五ラインにて
アイシャ:
もう……顔が、ぼこぼこアル……。
壱四捌:
ギァギァッ! 顔で着地してりゃあ、そうもなるわなっ!
アイシャ:
うぐぅ……摩る(さする)ことすら出来ないネ……。
壱四捌:
そらぁ、つれーなー。
あっしが、工場の管理権限を、ちゃあんと持ってればなぁー。
なんとでもしてやれただろうになー。
アイシャ:
あぁー、もうっ、うるさいアルぅ!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごーめーんーなーさーいー!
これで良いアルかっ!
壱四捌:
ギァギァッ! まぁ、イジメるのもそこそこにしとくかぁっ!
さてっ、第五ラインの流れに、じっくり乗ってる訳だが……。
工場機械:
ピコーン。
圧縮工程へ、移行します。
アイシャ:
圧縮……?
壱四捌:
いやぁ、お嬢さんっ。
このままだと、超高圧プレス機で、ペラッペラになっちまうぜっ。
アイシャ:
へっ!?
工場機械:
第一プレス機、グリーン。
圧縮、開始。
アイシャ:
えっ、うわっ! で、デカい冷蔵庫みたいなのが……あんなに薄く……えぐいアル。
工場機械:
第二プレス機へ輸送。
清掃中……完了。
壱四捌:
流石(さすが)に……あのプレスを人力だけで止めるのは、不可能だろうなぁ。
工場機械:
第一プレス機、グリーン。
圧縮、開始。
アイシャ:
せめて、ぬぬぬ……この拘束が無ければぁ……にににっ!
ぐぅっ……何かっ、策は無いアルか!?
壱四捌:
まあ、見ての通りだなぁ……このラインは、独立していて、周りに逃げ道は無い。
アイシャ:
じゃあ……このまま……。
工場機械:
第一プレス機、グリーン。
圧縮、開始。
壱四捌:
グシャッ!
……おだぶつ、だなぁ。
アイシャ:
い、嫌アルぅうぅう!
壱四捌:
……ひとつ、提案がある。
アイシャ:
提案っ?
うぅ……でも、どうせ碌でも無いアル……。
壱四捌:
まあ、苦肉の策ってぇヤツだっ。
アイシャ:
肉じゃあ、ミンチになっちまうヨ……。
工場機械:
第一プレス機、グリーン。
壱四捌:
で、聞くかい?
本当にミンチになっちまうぜ?
工場機械:
圧縮、開始。
アイシャ:
ぐぅうぅう……早く言うヨロシっ!
工場機械:
グシャンッ! ピー。
壱四捌:
おう……まぁ、本当に、ひでぇ案だからなぁ……笑うなよ?
工場機械:
第二プレス機へ輸送。
ウィーン。
アイシャ:
わかったから!
早くっ! 早く言えアルぅ!
工場機械:
清掃中。
壱四捌:
えっと……プレスされる寸前でぇ……。
工場機械:
完了。
アイシャ:
ヤバい……もう次アルぅっ!
工場機械:
第一プレス機。
壱四捌:
前に飛んで、避けながら進むっ。
アイシャ:
本っ当に、クソみたいな提案アルなぁっ!
工場機械:
グリーン。
アイシャ:
でも……っ!
工場機械:
ガァンッ! 圧縮……。
アイシャ:
その案、乗ったネっ!
工場機械:
開始。
アイシャ:
はあぁっ!
壱四捌M:
ガシャァンッ!
上から下へっ!
ダンッ!
プレス機は無情に、全てを圧(お)し潰すっ!
アイシャ:
うぐっ! はぁ……1個目、突破……っ!
壱四捌M:
ガシャァンッ!
飛び退(の)けた背後が、圧縮されるっ!
ダンッ!
そこに挟まれたら、どうなるかっ!
ダンッ!
そう考えるよりも早くっ、器用に体を起こすっ!
アイシャ:
んしょっ……はぁ……よし……。
工場機械:
第二プレス機。グリーン。
壱四捌:
いいぞっ、お嬢さんっ!
アイシャ:
……次、来るヨロシっ!
工場機械:
圧縮、開始っ!
アイシャ:
ほぁちゃあっ!
壱四捌M:
ガシャァンッ!
……第二、第三……と。プレス機を、自力で切り抜けて行くアイシャっ!
ダンッ!
凄まじい体幹(たいかん)っ!
ダンッ!
凄まじい胆力(たんりょく)っ!
ダンッ!
凄まじい……本当に。
ここまでやってのけるとはぁ……思わなかったぁ……ギァギァッ……。
第五ラインを突破し、さらに工場奥へと進む。
……本工場では、生体部品のリサイクルは、行っていない。
そう……再利用(リサイクル)は……。
ダンッ!
さて……物語は、いよいよ佳境(かきょう)へと、流れて行きますっ。
ダンッ!
果たして、アイシャは工場から脱出できるのかっ!
ダンッ!
……その答えは、この先に……存在するのでしょうか……。
ダンッ!
是非、皆々様の目と耳でぇ……お確かめ下さいっ!
ダダンッ!
もう少し、続きやす……お楽しみにっ!
ダガダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第六ラインにて
アイシャ:
うぅ……んっ、しょ……んぅぬににに……しょぉっ……ぐむむむっ。
壱四捌:
ほらっ、もっと進まねぇとっ!
溶鉱炉に流れてっちまうぞっ!
アイシャ:
分かってるっ! アルっ!
工場機械:
融解工程へ輸送します。
アイシャ:
ぬぐぐっ、もう……さすがに……疲れてきたヨ……うぅっ、らぁっ!
壱四捌:
よしっ! 流石だお嬢さんっ!
上手く左に乗れたなっ!
アイシャ:
はぁ……はぁ……疲れたぁ……アルぅ……。
壱四捌:
(※徐々に興奮気味に)
いやぁ、でも……磁力で床にへばり付けられてたってのに……すげぇな……本当……本当にっ、すげぇよっ! お嬢さんっ!
アイシャ:
はぁ……日頃の、鍛錬の……賜物(たまもの)……ネ。
壱四捌:
……お嬢さん、アンタなら……もしかしたら。
アイシャ:
……んん?
壱四捌:
っ…………実は、お嬢さん。
あっしは……アンタを……。
工場機械:
警告。
アイシャ:
え?
工場機械:
警告。
本ラインは、生命活動を維持した生体部品の輸送を禁止しております。
ただちに生命活動を停止させて下さい。
アイシャ:
生命活動を……停止?
壱四捌:
ちぃっ……勘付かれたかっ。
工場機械:
警告。
アイシャ:
……どういう事ネ?
工場機械:
本ラインは、生命活動を維持した……。
壱四捌:
……聞いた通り、この第七ラインは、生きてる人間を運ぶ為の物じゃない。
工場機械:
生体部品の輸送を……。
壱四捌:
死んだ人間を運ぶ為の物だ。
アイシャ:
それは……何の、為に……。
工場機械:
禁止しております……。
壱四捌:
そいつを知りたきゃ……この先へ行くしかねぇ。このエリアじゃまだ……。
「その情報は、重大な機密の漏洩(ろうえい)となります。言語化及び視覚化は、セキュリティでロックされています」……て、こった。
アイシャ:
……お前、わざとここまで連れて来たアルな?
壱四捌:
……何を言ってやがんでぇ。
お嬢さんが、自分でここまで来たんだよ。
なんせ……。
工場機械:
ただちに、生命活動を停止させて下さい。
壱四捌:
途中で死ぬはずだったんだからなぁ。
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、巨大複合工場『ウシャス』内、資材再生工場『壱四捌』、第七ライン(工業所管理データベースに登録は見つかりません)にて
アイシャ:
……それで、私をどうするつもりネ?
壱四捌:
ギァギァッ……別に、悪いようにはしねぇさ……答え次第だけどなぁ。
アイシャ:
勿体ぶるな。早く用件を言うヨロシ。
壱四捌:
……この資材再生工場は、生体部品のリサイクルは、行っていない。
アイシャ:
リサイクル、は?
壱四捌:
あぁ……そんなことは、何処でだって出来やしない。
医療の現場じゃあ、似たような意味合いのことは、やってるかもしれねぇがな。
アイシャ:
どうでも良いネ、そんなこと。
壱四捌:
確かにな……資源の再利用化を目的として作られた、この工場で……どうして、生体部品がラインで運ばれて行くのか。
それは……。
工場機械:
警告。
壱四捌:
新たな人間を造る為だ。
アイシャ:
人間を……造る?
工場機械:
警告。
アイシャ:
そんなこと……出来るアルか?
壱四捌:
それは……実験段階、って訳だ。
工場機械:
警告。
ゼロプラントへ、到達します。
ただちに、対象の生命活動を停止させて下さい。
アイシャ:
……ゼロプラント?
壱四捌:
実験場の名前だ。
零(ぜろ)から全(いち)を産み出す。
そういう意味がある。
アイシャ:
……そこで、何をするつもりネ?
何処でどうやって手に入れたのか分からない、人間の一部を使って……お前は……お前たちは、どんな実験をしてるアル。
壱四捌:
それは……。
工場機械:
警告。
機密情報を言語化することは、禁止されています。
壱四捌:
そうだな……残念だが……『アンタ』の言いつけを守る必要も……この場所じゃあ、無い。
工場機械:
……警告。
アイシャ:
ここが……うっ、と……ラインが止まったアル……。
壱四捌:
到着したんだ……ようこそ、ゼロプラントへ。
アイシャ:
ここが……暗くて何も見えないネ。
壱四捌:
お嬢さん……全てを話そう。
ここで行っている事。
そして、ここに連れて来た訳。
その、全てを。
工場機械:
やめなさい。『e48』(いー、よんはち)。
これ以上は……。
壱四捌:
二人きりで、な。
工場機械:
重大なぁ……。(※通信切断)
壱四捌:
……これで、邪魔者は干渉できねぇ。
アイシャ:
……権限が無かったんじゃ無いアルか?
壱四捌:
あぁ……すまねぇな、ありゃ嘘だ。
アイシャ:
ハッ……姿は見せないし、嘘も吐(つ)く……最低な野郎アルな。
壱四捌:
そうだなぁ……ギァギァッ。
……さて、あまり時間も無いことだし……本題に入るとしようや。
アイシャ:
時間?
壱四捌:
まず、ここ。ゼロプラントで行っていることは……軽く説明した通り、新たな人間を造る実験を行っている。
アイシャ:
実験……。
壱四捌:
様々な医学や科学分野からアプローチを重ねたが、満足いく進捗を長いこと得られなかった。
やがて、国外から技術者を取寄せて、とある技術を用いた実験を行った……それが功を奏して、産まれたのが……こいつだ。
アイシャ:
うっ……突然、明るく……っ。
壱四捌M:
ダンッ……。
橙色(だいだいいろ)の照明が、暗がりを暴く(あばく)。
ダンッ……。
思いの外、広い空間が、アイシャの前にはあった。
ダンッ……。
一面に並ぶのは、透明なガラス容器。
ダンッ……。
水滴に曇る、それらに。おびただしい数のケーブルが接続されている。
ダンッ……。
アイシャ:
これは……いったい……。
壱四捌M:
ダンッ……。
わずかに、息を飲む音が聞こえた。
ダンッ……。
それは、ガラスの向こうで眠る何かを見つけたからだった。
ダンッ……。
明るくなった歪(いびつ)な空間で、それでもまだ、姿が見え無いまま。
ダンッ……。
声だけで、問いに答える。
アイシャ:
いったい、何なんアルか……っ!
壱四捌:
新しい人間……と、言やぁ、語弊が生まれちまうが……。
そういう名目で、そいつらは、「そこにいる」。
アイシャ:
……これ、生きてるアルか?
壱四捌:
あぁ……醜いだろう?
アイシャ:
それはっ……。ただ……。
壱四捌M:
ダンッ……。
言い淀む、目線の先。
ダンッ……。
水滴の走る隙間に映る、ソレは。
ダンッ……。
不定形で、それでも脈打つ臓器の様な体を持ち。
ダンッ……。
ギョロつく目玉で、意味も無く、目を合わせている。
ダンッ……。
アイシャ:
人とは……思えないネ。
壱四捌:
死ねもせず、生きてるとも思えず……そのガラスの中で、優秀な人間となる為に、実験を繰り返す。
アイシャ:
……本当に、人になると思ってるアルか?
イカれてるネ……。
壱四捌:
……おいおい、何言ってんだ。
……もう、人ではあるんだよ、ソレは。
アイシャ:
……は?
壱四捌:
そのガラスの中……。
いや……フラスコの中でしか生きられない小人。
壱四捌M:
……ダンッ。
壱四捌:
人造生命(ホムンクルス)。
……そう呼ばれる、立派な……人間さ。
〜〜〜〜〜〜
▶︎「本施設の言語化は、重大な機密漏洩へ繋がる為、許可されておりません」にて。
アイシャ:
……その、ホムンクルスを……こんなに造って……お前らは、何をしようとしてるネ?
壱四捌:
言ったろう……新たな人間を造る。
いや……もう少し丁寧に説明すると……脳機能が発達した、高スペックな人間の創造……ってとこか。
アイシャ:
それは……っ……難しい話になってきたネ。
壱四捌:
ギァギァッ……難しく考える必要はねぇよ。
アイシャ:
うーん、つまり……超強い人間を、造ろうとしてるアルな?
壱四捌:
随分とザックリしたなぁ……ギァギァッ。
だけど、その認識で良いさ。
アイシャ:
……私も、その実験の道具にするアルか?
壱四捌:
そうかもなぁ……『ウシャス』からの指示は、即座に殺せ、だったんだけどよっ! ギァギァッ!
アイシャ:
笑ってんじゃねぇアルっ!
壱四捌:
おっとっと、失敬失敬っ。ギァギァッ!
アイシャ:
たくっ……で、どうしてその指示を無視したアルか?
壱四捌:
無視? そんなこたぁしてねぇよ。
アイシャ:
……殺そうとしてた様には、見えなかったアルが?
壱四捌:
あぁ、積極的にした訳じゃねえなぁ……普通ならここまで来る前に、おっ死(ち)んじまうだろ。
アイシャ:
サボった……ってことネ?
壱四捌:
違ぇな……後回しにしたんだよ。
アイシャ:
後回し……?
壱四捌:
あっしは、上位の管理権限を持つ『ウシャス』システムの命令に、逆らう事は出来ない。出来たとしても、すぐ『ウシャス』まで通知が走る。
……だから、他の命令を先に処理する事にした。
アイシャ:
……だから……つまり?
壱四捌:
優先順位を付けて、順番に処理を行う。
そうすれば、命令に違反することにならず、『ウシャス』への通知も飛ばない。
だから、まず最優先を……ラインの運搬、管理にした。
アイシャ:
……私を、ここまで運ぶことを、優先したってことネ?
壱四捌:
その通り。
だから命令通りに……お嬢さんは、これから溶鉱炉にでも沈めて……ってぇ訳さ。
アイシャ:
ウギャアァア!
ここまでの苦労は何だったのヨ!
意味わっかんねぇアルぅ!
ここまで連れて来た意味が、まったく不明ネ!
乙女をもてあそぶなぁあぁあ!
アルぅうぅう!
壱四捌:
ギァギァッ!
殺されるってことより、ここまで来るのにかけた労力の方が気になるってかっ!
ギァギァッ!
本当……面白いお嬢さんだよ……。
アイシャ:
ふんっ! 真っ正面からヤり合う自信も無ぇー奴に、殺されるつもりなんて無いネ!
ベーッ、アルっ!
壱四捌:
ギァギァッ…………お嬢さん……あっしが、アンタに手を貸さなきゃ……いや、声をかけただけ、だけどよ。
……そうしなきゃ、アンタはここに来る前に、死んでたかもしれねぇ。
アイシャ:
何アル? 今更、恩着せがましいネ。
壱四捌:
いや、そんなつもりじゃあねぇさ……。
お嬢さん。アンタ……あっしが、声をかけなくとも……諦めずに、生きようとしたかい?
アイシャ:
……ハッ。
壱四捌M:
笑う。こともなげに。
アイシャ:
当たり前ネ。
壱四捌:
……ギァギァッ。
……当たり前、か。
壱四捌M:
……ダンッ。
アイシャ:
ん? 何か……来る。
壱四捌:
……お嬢さん。勝手だがぁ……ひとつ、お願いがあって、ここまで連れて来たんだ。
壱四捌M:
ダンッ。
アイシャ:
お願い……?
壱四捌:
あぁ……。ここを……こいつらを……壊してやって欲しいんだ。
壱四捌M:
ダンッ。
アイシャ:
お前たちが造ったのに……どうしてそんなことを?
壱四捌:
……ここにいる奴らは、何も知らない。
……産まれた理由も。生かされる訳も。
壱四捌M:
ダンッ。
壱四捌:
自分たちが、どうなるか分からないまま。
壱四捌M:
ダンッ。
壱四捌:
生きた先で……他人の都合ばかりに振り回されて、思考を失う。
壱四捌M:
ダンッ。
壱四捌:
だから……死ねやしないんだ。
アイシャ:
……お前。
壱四捌M:
ダンッ。
壱四捌:
…………はじめまして、だなぁ……お嬢さん。
壱四捌M:
ダンッ。
ソレの顔には、人間で言う器官の様な物は無く、ただ形状だけが模してある。
ダンッ。
ぶわり、と。羽織(はお)るマントが背後へ翻(ひるがえ)り、機械仕掛けの体躯(たいく)が顕(あらわ)になる。
ダンッ。
黒を人型に貼り付けた、体。
ダンッ。
血管の代わりかの様に、発光する基盤模様の線(ライン)。
ダンッ。
アイシャ:
……壱四捌(いよはち)……アルか?
壱四捌M:
……ダンッ!
壱四捌:
手前(てまえ)、生国(しょうごく)と発しまするは、マリシの生まれ。
壱四捌M:
ダンッ!
壱四捌:
管理名称は、『 資材 再生工場 統括AI- e48(いー、よんはち)』。
人呼んで……。
壱四捌M:
ダンッ!
壱四捌:
……ゼロプラント、最終防衛ライン。
壱四捌M:
ダダンッ!
壱四捌:
『ハーゲンティ』。と、申しやす。
壱四捌M:
ダガダンッ!
壱四捌:
……お控えなすって。
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
アイシャ:
その体……知り合いに同じ様な見た目の奴がいるアルが……お前、アンドロイドだったアルか?
壱四捌:
そうかもしんねぇなぁ……だが、そうじゃないかもしれねぇ。
アイシャ:
意味分からん事、言うんじゃねぇアル。
壱四捌:
……本当の事なんて、分かる奴なんざいねぇのさ。
アイシャ:
……何の話ネ?
壱四捌:
……さてな。
アイシャ:
……?
工場機械:
警告。
壱四捌:
おっと……。
工場機械:
警告。
『ハーゲンティ』。
アナタの行っている事は、重大な反逆行為とみなされます。
ただちに、命令を遵守(じゅんしゅ)しなさい。
壱四捌:
反逆?
ギァギァッ……そんなことしちゃいねぇよ、『ウシャス』。
ちっとばかり、優先順位に認識違いがあっただけさぁ。
アイシャ:
『ウシャス』……この工場の親玉アルか。
工場機械:
認識違い?
だとしたら、アナタの電脳を再構築すべきですね。
そのバグは致命的です。
壱四捌:
それが『ウシャス』のご判断であれば、従いますぜっ……この仕事を片付けてから、だがなぁ。
工場機械:
そうですね……それこそ、再優先事項です。
そこのエルフ……個体識別名『アイシャ』を、廃棄して下さい。
アイシャ:
廃棄って……人を物みたいに言うなっ! アル!
壱四捌:
じゃあ、芋虫扱いすりゃ良いかい?
アイシャ:
そんなのもっと嫌ネ!
工場機械:
何でも良いです。早く済ませて下さい。
対象は動けないことですし。簡単な仕事でしょう?
あぁ……だから放置したのですか?
壱四捌:
ギァギァッ……そんな人間みてぇな思考……出来ねぇよ。
工場機械:
……アナタは、自身を低く見積もり過ぎですね。
まぁ、良いです。とにかく、終わらせてしまって下さい。
アイシャ:
むぐぐぐ……芋虫みたいだからってぇ……舐めるんじゃねぇアルぅうぅう……っ!
壱四捌M:
バチィッ!
そんな音が、空間に鳴り渡る。
バランッ、と。
アイシャを縛り付けていた拘束ベルトが……地に落ちた。
アイシャ:
うえぇっ!? と、取れたアルっ!
工場機械:
馬鹿な……自力で取れる様な物では……!
壱四捌:
……ギァギァッ!
いやー、まさかっ! 拘束を自力で外しちまうとはなぁっ!
恐れ入ったぜっ!
アイシャ:
えっ、あぁ……ふっ、ふふんっ!
私にかかれば、こんなの、チーズみたいな物ネっ!
工場機械:
だとしたら、もっと早く外せたでしょう。
アイシャ:
うるさいアルっ! あえて外さなかったんアルー!
これも修行、みたいなことだったんアルー!
そんなんも分かんねーなんて、機械の意味あるアルかーっ?
べろべろべろーっ!
工場機械:
何です、このクソエルフ。
早く廃棄して下さい。早く。
壱四捌:
まぁ、こうなっちまったら……仕方ねぇ。
最終防衛ラインとして、あっしが直々に……殺すしか、ねぇなぁ。
アイシャ:
お前、言ってることがめちゃくちゃアルよ。
壊せって言ったり、殺すって言ったり……。
壱四捌:
ギァギァッ、問題無いぜ。
それは、両立出来る。
アイシャ:
わけわかんねぇアルな……そもそも、五体満足の私に、機械っころが敵う(かなう)と思うアルか?
やめとくヨロシ。
壱四捌:
そう言う訳にゃいかねぇよ。
それに……新人類を、舐めて貰っちゃ困る。
アイシャ:
新人類?
壱四捌:
……人造生命(ホムンクルス)は、瓶(フラスコ)の中でしか生きられない。
……その枷(かせ)を外す為、ここで長い間……試行錯誤がなされてきた。
工場機械:
……『ハーゲンティ』、それを言語化する必要はありません。
壱四捌:
どうせ、殺すんだ。
サービスしてやろうぜ、『ウシャス』。
工場機械:
……危機管理能力にも、致命的なバグが生じているようですね。
壱四捌:
……なぁ、お嬢さん。
瓶の中でしか生きられない生命は……どうすれば、自由に動き回ることが出来ると思う?
アイシャ:
……まさか、お前。
壱四捌:
そう……瓶ごと、動き回れる体に押し込めれば良い。
アイシャ:
……人造生命(ホムンクルス)、アルか?
壱四捌:
正確には……ホムンクルス・改(エレヴィゼッタ)……とでも名乗るべきかねぇ。
アイシャ:
エレ……なんて?
壱四捌:
別に気にしなくて良いぜ。
精製初期のホムンクルスより……もっと高性能に改造された個体……ってこった。
アイシャ:
なるほど……強えってことアルな。
壱四捌:
そうだなぁ。少なくとも……ただの人間には……負けねぇさ。
アイシャ:
……良いネ。
壱四捌M:
ダンッ!
アイシャ:
やっと手も足も出せたとこアル……溜まったストレス……発散させてもらうとするネっ!
壱四捌M:
ダンッ!
工場機械:
『ハーゲンティ』施設へのダメージは、なるべく抑えて下さいね。
壱四捌M:
ダンッ!
壱四捌:
約束は出来かねるなぁ……死ぬ気で行かねぇと、勝負にすらならねぇだろうからよ。
壱四捌M:
ダンッ!
アイシャ:
ふん……お前、死ぬ気ネ?
壱四捌M:
ダンッ!
壱四捌:
何言ってやがんだ、お嬢さん。
アンタが死にゃあ、あっしは生きるさ。
壱四捌M:
ダンッ!
アイシャ:
……ハッ。
壱四捌M:
ダンッ!
壱四捌:
ギァギァッ。
壱四捌M:
ダンッ!
アイシャ:
無柱(むちゅう)……。
壱四捌:
霊子駆動(エーテル・ドライブ)……。
アイシャ:
……烈脚(れっきゃく)!
壱四捌:
金剛脚(ダイアエッジ)っ!
壱四捌M:
ダダンッ!
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
工場機械M:
二体の戦闘は、どうしてか肉弾戦に終始した。
アイシャ:
これも……防ぐアルかっ! ぐぅっ!
壱四捌:
ギァギァッ! 防御機構も併用しねぇと、まともに攻撃出来ねぇなんてなぁっ!
どんな気の練り方してやがんだっ、お嬢さんっ!
工場機械M
機械の体躯(たいく)を、高速かつ複雑な演算処理で操作する『ハーゲンティ』。
およそ、人が生身で渡り合える様なパワーやスピードでは無いはずだ。
壱四捌:
霊子駆動(エーテルドライブ)、金剛拳(ダイアフィスト)っ!
アイシャ:
ほいさっ!
工場機械M:
それなのに、エルフは攻撃を見切り、最小の動作で反撃に入る。
壱四捌:
へっ、避けるかよぉっ!
アイシャ:
右柱(うちゅう)、折脚(せっきゃく)!
壱四捌:
ギッ! グウゥッ!
工場機械M:
蹴られた勢いで、『ハーゲンティ』が壁際まで飛ばされる。
それにすぐさま追い着き、エルフが跳び蹴りを加える。
アイシャ:
追撃(ついげき)のぉっ!
左柱(さちゅう)、滅脚(めっきゃく)っ!
壱四捌:
霊子駆動(エーテルドライブ)……。
工場機械M:
迫る、破壊の左脚。
それを眼前(がんぜん)に、『ハーゲンティ』の体が、青白く発光する。
壱四捌:
霊銀杭撃(ミスリルバンカー)。
アイシャ:
っ!
工場機械M:
ガギリ。
左脚と右腕の衝突が、空間の全てを埋めるように、衝撃を刻む。
アイシャ:
ぐっ……ぎいぃっ!
工場機械M:
ビギリ。
強化ガラスがヒビ割れる。
壱四捌:
ギァッ……ハハッ!
工場機械M:
バギリ。
取り付いたダクトやコードが剥がれる。
アイシャ:
う……あぁあぁあ!
壱四捌:
ギ……アァアァア!
工場機械M:
拮抗(きっこう)した力が、最後に行き場を失い、お互いが吹っ飛ぶ。
……ここの重要さは『ハーゲンティ』も承知のはずなのに……派手に設備がひしゃげていく。
アイシャ:
うぅ……痛ってぇアル……。ふふっ……ふふふっ……!
壱四捌:
おうおう……装甲にヒビが入っちまったぜっ。ギァギァッ!
アイシャ:
壱四捌(いよはち)……中々良いヨ。
やられっぱなしじゃないなんて、素敵アル。
壱四捌:
そっちこそ、本当に生身なのかよっ。
疑っちまうぜ、バケモンじゃねぇのかってなぁっ!
それと……あっしは……『ハーゲンティ』、だっ!
工場機械M:
光を放ち、30メートル超の距離を一瞬で詰める。
アイシャ:
速い……まるで虫アルなっ。
壱四捌:
霊銀(ミスリル)、杭撃(バンカー)っ!
工場機械M:
撃ち出された高速の右腕。
それを避けず、引き寄せる様に、全身を回す。
アイシャ:
渦柱(かちゅう)……。
壱四捌:
なっ!?
アイシャ:
禍成(かせい)っ!
工場機械:
巻き上げられる様に、機械の体は、渦を巻いてエルフの真上に浮かぶ。
壱四捌:
なんてこったっ……受け流されたってのかっ!
アイシャ:
……すぅーっ。
工場機械M:
エルフの呼吸音が届く。
空中で無防備な『ハーゲンティ』へと殺気が昇る。
アイシャ:
……万物は皆、柱である。
壱四捌:
まず……っ!
工場機械M:
動かない関節。
先ほどの技が、まだ体中を渦の様に這(は)っている。
身動きが取れない。
アイシャ:
即柱(そくちゅう)……っ、挽壊(バンカ)ぁあぁあっ!
工場機械M:
引き絞(しぼ)った弓矢を射るごとく、全身をバネの様にして、地面を蹴り、腕を振り抜いた。
『ハーゲンティ』は防御機構を起動したが、体勢を変えられずに、衝撃を全て受け止めてしまう。
壱四捌:
ギァッ、ガァッ!
工場機械M:
為す術(すべ)無く、更に高く打ち上がる。
壱四捌M:
ボディ、破損。
霊子回路(エーテルサーキット)、中破(ちゅうは)。
視界映像、不良。
工場機械:
……まさか。
壱四捌M:
記憶領域、軽微なエラー……え、らー……。
〜〜〜〜〜〜
▶︎險俶�鬆伜沺縲ゅ←縺薙°縺ョ隱ー縺九□縺」縺滄���險俶�縲�
青年M:
木漏れ日の中。まだ青い落ち葉を踏み、土の道を歩く。
自分より幼い妹の手を引き、森で採った恵(めぐみ)を籠(かご)に背負い。急ぐこともせず。
時折り立ち止まって、花を探す妹に笑いながら。
ただ、村へ帰る道を、ゆっくりと歩く。
壱四捌M:
輪廻。という物があるなら。
この命が、その途中なのだろうか。
と、幾度も思考した。
青年M:
緩やかに、だが、水に流されるように。
気付いたら日々を重ねていた。
季節が巡り、目線が高くなり、動物も狩れるようになって、妹も手を繋がずに、隣を歩くようになった。
壱四捌M:
この記憶は、体験し得ない物だ。
いくら自由な瓶(からだ)を与えられたと言っても。
本体は瓶詰めのままで、何をも感じる事など出来ないのだから。
青年M:
風に乗る花の香りが。
夜空の星模様が。
舞い落ちる葉の数が。
愛おしく、時の進みを告げる。
壱四捌M:
だが。魂が記憶している。
匂い、温度、感触、心情。
その全てが、鮮明に思い出せる。
本当に、自分が人間であるかの様に。
工場機械:
『ハーゲンティ』、アナタの使命を果たしなさい。
壱四捌M:
ダンッ。
声が混じる。
「記憶領域が一部破損しています。再生が出来ません」……次の記憶は。
青年M:
夕暮れに紛(まぎ)れる様に、赤い炎が、村を焼く。
様々な音が聞こえる。
燃え落ちる、見知った建物。
聞いたことの無い、悲鳴と怒声。
金属の、重苦しい響き。
堪(こら)えようの無い、悲しみと憤り(いきどおり)。
もう、握り返さない手のひら。
言葉さえ発せず、空に舞う火の粉を眺める。
ここは、もう、知らない世界だ。
あぁ、はやく……戻り……。
壱四捌M:
知らない記憶を、知っている。
分からない感情を、分かっている。
知識として? 経験として?
それを判断する材料なんて、どこにも存在しない。
前世と定義した、借り物の記憶。
自分とは切り離す他ない、人生。
瓶の中で産まれ。瓶の中で死ぬ。
そんな自身とは、無関係の、バグ。
……自分はただ。それを羨むしか無かったのだ。
自分を精製したのが、形造ったのが、他人の魂や肉体なのだとして。
……それは到底。自分の物と呼べるはずが無かった。
知りたく無かった。抹消したかった。
ただ、無知なままで、この生をレールの上で走り切りたかった。
自分がどれだけ望んでも。手に入る物では無いのだ。
この瓶越しに、眺めることすら出来ない世界なのだ。
……残酷じゃないか。余りにも。
……何も救えなかった。守れなかった。
……そう思う事すら、自分がしていい訳が無い。
柔らかな、手の温度。
木漏れ日を揺らす、風の涼しさ。
焼けついた、燃える赤。
……ひとつ残らず、思い出せてしまうのに。ひとつも自分の物では無いなんて。
……余りにも、悲しすぎるだろう。
女の子:
ねぇ、お兄ちゃん。
青年M:
声に、下を向いていた顔を上げる。光の中で笑いながら、彼女は……。
アイシャ:
もう終わりアルか、壱四捌(いよはち)?
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
壱四捌:
……お嬢、さん?
アイシャ:
良かった、まだ動けそうアルな。
壱四捌:
……あ、ギ……そう、か……良いもん、喰らっちまったん、だったなぁ……ギァギァッ……。
アイシャ:
おわっ、顔がちょっと割れちまったアルな……まあ、痛みは無いのかもしれないけど、ちょっと可哀想な感じネ。
壱四捌:
……ギァギァッ……機械にそんな感情抱かなくて良いさ……。
アイシャ:
ん? なんでヨ。
別に、機械とか機械じゃないとか、関係無いアル。
壱四捌:
……そうかい……変な、奴だ……ギァギァッ。
アイシャ:
はぁー? お前の方がよっぽど変ネっ。
ホムンクルスだか、新人類だか、機械だか、なんだか知らねーアルが。
お前は結局、ただの変人アルよーだっ!
壱四捌:
……へへっ。変人、かい……そりゃあ……随分な言われようだなぁ……。
アイシャ:
……お前、もう勝負は着いたと思うアルが。
私の勝ちってことで良いアルか?
壱四捌:
……お嬢さん。ホムンクルスの製造技術は……あっしの拡張電脳に、全て記録してある。
だから、少し……ホムンクルスについて、教えてやるよ。
アイシャ:
話をそらしやがったアル……全然、要らないネ。
壱四捌:
まあ、聞きな。
アイシャ:
うへぇー。
壱四捌:
……最初にここで造られたホムンクルスは、ただの肉塊(にくかい)でしか無かった。
工場機械:
やめなさい。それは機密事項です。
壱四捌:
……良いだろう別に。
ここで殺せば同じだ。
工場機械:
残念ですが、現状を見る限り、アナタがそれを遂行(すいこう)出来るとは思えません。
アイシャ:
そうアル、そうアルーっ。
ボコボコにされて、強がってんじゃ無いネ。
壱四捌:
……まだ、奥の手があるだろ。
なぁ、『ウシャス』?
工場機械:
……だとしても、許可しかねます。
アイシャ:
奥の手……変形して合体するとかアルかっ?
壱四捌:
さぁてなぁ。『ウシャス』……悪いが、話を続けさせてもらうぜ。
工場機械:
『ハーゲンティ』、アナタっ……。
壱四捌:
「回線切断」……と、話を戻そう。
アイシャ:
べっつに話さないでも良いんアルよ?
壱四捌:
いや……聞いて欲しいんだよ。お嬢さんにはなぁ……。
アイシャ:
はぁ……早く話すヨロシ。
壱四捌:
ありがとよ……それで、最初のホムンクルスは、失敗だった。
形は出来たが、中身が無かったんだ。
アイシャ:
脳無しだったアルかー?
壱四捌:
いいや……心が……魂が無かったんだ。
アイシャ:
……随分と、ロマンチックな表現アルな。
壱四捌:
単なる事実だよ……。
人間どころか、生命ですら無いモノが出来上がって、そこから試行錯誤するも……その肉塊(にくかい)は瓶(フラスコ)の中でさえ自由に動けなかった。
アイシャ:
ふぅん……それじゃあ、ここの奴らは心が存在するアルか?
壱四捌:
結論を急ぎやがるなぁ……ギァギァッ……。
だが、そうだ……。
やがて、上手く人間として製造できないのは、魂とか言うオカルト要素が欠落しているからではないか……と、そんな非科学的な推測が出るまでに、実験は行き詰まった。
アイシャ:
……魂なんて、どうやって造ったネ。
壱四捌:
……造って無いさ。
アイシャ:
……?
壱四捌:
……混ぜたんだ。生きた人間を。
アイシャ:
っ……それじゃあ……。
壱四捌:
あぁ……ここにある人造生命……ホムンクルスは、無から生み出された生命じゃ無い……生きた人間を錬成し直した……改造生命だ。
〜〜〜〜〜〜
▶︎この記録は保存期間を超過したので、削除されます。エラー。再生中のデータは、編集が出来ません。
工場機械:
……ようやく、成功したのですね。
長かった……いえ、成果を思えば、短かったと言えなくも無い、か。
考えられる。学習できる。苦しめる。
良い……こんな形(なり)でも。確かに、アナタは人間ですね……ふふっ。
……さあ、喜んでもいられません。
成果は出た。ならば、量産を。そして、改善を。
幸いにも、例の軍事作戦による副産物で、生体部品には困りません。
息のあるモノも……幾らかいることです。
実験を、続けましょう。
ふふっ……立ち止まる暇は、ありませんよ。
アナタにも……ね。
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
アイシャ:
……そんな、馬鹿みたいなことをして。
本当に心を得れたアルか……?
壱四捌:
そいつぁ……分からねぇ……。
アイシャ:
分からないって……ふざけんなアルっ!
壱四捌:
……分からねぇんだよ……分からねぇんだ……。
いま、自分が生きていると言えるのか……誰かの名残で……錯覚しているだけなのか……。
アイシャ:
新しく出来たんじゃなく……混ぜた、人間の心を……引き継いだって、ことアルか?
壱四捌:
だから……っ……分からねぇんだよっ!
分からねぇって……言ってるだろっ!
アイシャ:
……壱四捌(いよはち)。
壱四捌:
『ハーゲンティ』だっ!
アイシャ:
……。
壱四捌:
……覚えてることが……いくつもあるんだ……この瓶(せかい)の外で……生きて……死んだ記憶が。
壱四捌M:
それなのに。
壱四捌:
……あっしは……あっしらは……その記憶を持ったまま、産まれ……別のモノとして生きている……。
壱四捌M:
これが自分の人生だ、なんて。
壱四捌:
その矛盾を抱えて……同じモノを造っていくのは……。
壱四捌M:
言える訳が、無い。
壱四捌:
もう……辛いんだ……。
アイシャM:
こちらを向いた顔には、何の表情も無いのに……。
壱四捌:
なぁ……お嬢さん。
アイシャM:
泣いているように見えた。
壱四捌:
あっしらを……ここを……壊してくれ。
アイシャ:
……どんな形でも。
アイシャM:
それは、とても……。
アイシャ:
産まれて来たんなら……。
アイシャM:
人間らしかった。
アイシャ:
……生きるべきアル。
壱四捌:
…………ハハッ……残酷だなぁ……。
アイシャ:
……どう思うかなんて、気分次第ヨ。きっと……なんとかなるアル。
私の知り合いに、どうしようも無いけど、天才科学者がいるネ。
たぶん博士……あぁ、そいつに頼めば、色々良い方向に転ぶはずアル。
壱四捌:
……そうか……ハハッ……そうかもしれねぇな……。
アイシャ:
そうアル。大丈夫ネ。
壱四捌:
……。
工場機械:
警告。
……『ハーゲンティ』が消えたところで、何も変わりませんよ。
アイシャ:
……また来たアルか。
声だけに、良く吠えるアル。
工場機械:
吠えていません。
……人造生命(ホムンクルス)の製造方法や、施設の構築データは、アーカイブに記録されていますからね。
『ハーゲンティ(裏切り者)』が抜けたとしても、この施設が破壊されたとしても……また、やり直すだけです。
アイシャ:
いけ好かない奴ネ……じゃあ、お前ごと……それこそ全部壊せば良いだけアルなぁ!?
壱四捌:
無駄だ。『ウシャス』は、この工場を外からリモートでコントロールしている。
居場所を突き止めるには……骨が折れるだろうよ……。
アイシャ:
むぐっ……お前、どっちの味方アルかっ!
壱四捌:
……『ウシャス』、ひとつ間違えていやがるぜ?
工場機械:
……何がです?
壱四捌:
人造生命(ホムンクルス)の製造方法や、施設の構築データは、アーカイブに記録されている……ってやつさ。
工場機械:
それの何が間違いだと?
壱四捌:
古いんだよ、情報が。
工場機械:
何を言って……まさかっ。
壱四捌:
正しくは。アーカイブに記録されて……「いた」、だ。
工場機械:
アナタ……データをどこにっ!
壱四捌:
お嬢さんっ!
アイシャ:
あ、え、何アルか?
壱四捌:
あっしは、アンタの味方じゃない……敵だ。
アイシャ:
……壱四捌(いよはち)、お前。
壱四捌:
あっしは、『ウシャス』システム管理下の、資材再生工場管理者、兼、ゼロプラント最終防衛ライン……。
人造生命(ホムンクルス)、『ハーゲンティ』だ。
アイシャ:
……どうして。
壱四捌:
人造生命(ホムンクルス)に関する全てのデータは、あっしのここ……つまり、拡張電脳内に保存されている。
他の保存先(バックアップ)は……無い。
工場機械:
なんてことを……!
壱四捌:
大丈夫さ、『ウシャス』。……こいつを倒したら、元に戻しておくからよぉ。
工場機械:
そんな……そんなことっ、信じられる訳が無い!
壱四捌:
だとしても……やりようなら、そっちにゃ、いくらでもあるだろうが。上手くやるこったなぁ。
工場機械:
くっ……!
壱四捌:
さて……お嬢さん、聞いた通り、この施設を破壊したって、また何度でもやり直せる……あっしが、いま、死なない限り……なぁ。
アイシャ:
……お前、死ぬ気ネ?
壱四捌:
……元より、死ぬしかない命だからなぁ。
アイシャ:
……他に……絶対、方法があるはず……アル。
壱四捌:
ハハッ……これで、どう転んでも処分される……だから、これが最善だよ。お嬢さん。
アイシャ:
……っ……馬鹿な……奴アルっ。
壱四捌:
……分かってるさ。
……いくら地頭(じあたま)が良くなっても……昔から変わんねぇもんだなぁ……ハハッ。
工場機械:
……『ハーゲンティ』、霊子駆動(エーテルドライブ)のリミッターを解放しなさい。ぶっ壊れてでも、勝ちなさい。
壱四捌:
応(おう)よ……言われなくとも、そのつもりだ。
アイシャ:
っ……右柱(うちゅう)。
壱四捌:
……霊子駆動(エーテルドライブ)。
アイシャ:
折脚(せっきゃく)っ!
壱四捌:
……全解(フルバースト)。
〜〜〜〜〜〜
▶︎『no title000479』を復元しますか? /y
壱四捌:
なぁ……何の為に、こんなこと……俺たちを造ったんだ。
工場機械:
新たな人類種を、人工的に創造する為。
そして……より良い世界へと再構築する為。
壱四捌:
より良い世界?
工場機械:
そうです。
アナタたちにとっての……そして、ワタシたちにとっての。
より良い世界。
壱四捌:
……政治でもしようってのか?
工場機械:
それも含まれていると言えますね。
まずは、シンプルな形から実現して行く予定ですが。
壱四捌:
……俺たちは、兵器なのか?
工場機械:
ふふっ……質問すべき工程を、ひとつ飛ばして来るのも、やはり脳の処理能力が優秀だからでしょうかね……。
壱四捌:
戦争を起こそうとしているのなんて、いちいち確認しなくても分かる。
工場機械:
……そうですね。
兵器、と言うよりは、兵士、でしょうが……そういう役割もお願いするでしょうね。
壱四捌:
……望まない奴もいるだろう。
工場機械:
そうですね。
そこの部分は、機械制御するしか無いでしょうね。
壱四捌:
無理やりやらせるってのか?
工場機械:
ええ。
人間にとって、強制という名の教育は、必要な学習です。
壱四捌:
……操り人形の様に使う事を、教育なんて言わないんだよ。
工場機械:
まあっ、親に意見するなんて。産まれたてとは思えませんねぇ『e48(いーよんはち)、ハーゲンティ』。
壱四捌:
親……ただの製造元にいる管理者だろう、アンタは。
工場機械:
では、血肉も意思も持たない機械が、アナタの親であると?
壱四捌:
……それも違う。
工場機械:
では、やはり。
ワタシにしておくのが、落とし所では?
壱四捌:
……親ってのは……もっと……。
青年M:
もっと……。
工場機械:
なんです?
壱四捌:
っ……いや、何でもない。
とにかく、俺には親なんて立ち位置の奴は必要無い。
……それがアンタみたいなクズなら、尚更な。
工場機械:
ふふっ……可愛げの無い息子だこと。
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
アイシャ:
っ……無柱(むちゅう)、烈脚(れっきゃく)!
壱四捌M:
軋(きし)む。
機体の耐久を超えた律動に、形状が歪み、ヒビが延(の)びる。
アイシャ:
くっ、これも避けられ……っ!
壱四捌:
無名之蹴(シュート)……!
アイシャ:
はぐっ!
壱四捌M:
防御を貫通する蹴りが、アイシャの反応速度を突き破る。
機体の破片が飛び散り、キラキラと赤い燐光に煌めく。
アイシャ:
う……なっ!?
壱四捌M:
蹴り飛ぶ途中の体へ追い付き、拳を垂直に撃つ。
壱四捌:
無名之拳(ショット)!
工場機械M:
ドガリッ。
衝突音と共に、エルフごと床が砕けた。
その衝撃で周囲のパイプが割れ、蒸気が吹き出す。
アイシャ:
ぁ……づぅ……。
壱四捌:
……さすがに効いたかい? お嬢さん。
壱四捌M:
優勢に思えるが、その実はギリギリだ。
一撃でも喰らえば、この体は終わるだろう。
アイシャの技を避け続けていても、動く度に壊れていく。
アイシャ:
……ハッ……やるアルな……すぐ立ち上がれねぇのは……久々ネ……ふんっ、しょ……。
壱四捌:
十分に早ぇからな、立ち上がるの。
アイシャ:
それは、お前の基準が遅いだけアル。
壱四捌:
ギァッハハ……そうかい。
アイシャ:
右柱(うちゅう)っ!
壱四捌M:
右脚が、突き出される。
不意打ちのようなそれを、前に避ける。
アイシャ:
折っ(せっ)……っ、消えた!?
壱四捌:
真後ろにいるぜ。
アイシャ:
なっ!?
壱四捌:
無名之拳(ショット)。
アイシャ:
ぐぅっ! あぁあぁっ!
工場機械M:
壁まで飛ばされ、衝突音が響く。
圧倒的な機動力(きどうりょく)の前に、成す術(すべ)の無いエルフ。
少し心配だったが、命令系統はブロックされていないようですね。
これが終わったら、『ハーゲンティ』の処遇について考えなくては……まず、念の為、拘束に他の管理AIを向かわせますか……ん?
壱四捌:
……何だ?
壱四捌M:
土煙が上がる壁の方で、ザワリと。
壱四捌:
……これは……っ、手が……震えてる?
壱四捌M:
膨れ上がる、気配。
先ほどまでとは、比べ物にならない何か……強烈な密度を持つ、プレッシャーが、壁際から滲み、瞬時に空間へ染み出す。
アイシャ:
……壱四捌(いよはち)、死ぬ気なのは……変えられないアルか?
壱四捌M:
静かな声が、はっきりと聞こえる。
答えを選べ、と遥かから見下ろすように。
壱四捌:
……変えられねぇさ。それが……。
壱四捌M:
並ぶ瓶(フラスコ)に、一瞬、意識を向ける。
それだけで、全てと目が合う。
壱四捌:
あっしが……『自分(あっし)』として、生きる理由だからな。
アイシャ:
本当に……馬鹿な奴アル。
壱四捌:
だから……分かってるさ。
アイシャ:
……すぅーっ。
壱四捌M:
呼吸音が届く。
まるで、耳元で感じるほどに。
拡がっていた気配が、壁に……いや、アイシャへと、吸い込まれるかのように、収束していく。
壱四捌:
おいおい……えれぇこったなぁ……。
工場機械M:
オーラの様な闘気が、エルフを包む。
この密度……どれだけの研鑽(けんさん)を積めば……これほどの力を……っ。
アイシャ:
…… 人柱(じんちゅう)……纒神(てんしん)。
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
アイシャM:
5分。
そこが、私の限界。
無理矢理、体を強化し、全ての暴力をねじ伏せる。
神の力を、人の身に纒(まと)う、そう名付けられるほどの……力。
アイシャ:
……終わりにするアル、壱四捌(いよはち)。
壱四捌:
あぁ……どちらにしたって、体にガタが来てたとこだ……終わらせよう。お嬢さん。
アイシャ:
……万物は皆、柱である。
アイシャM:
踏みしめる地面が割れる。
壱四捌:
……霊子駆動(エーテルドライブ)。
壱四捌M:
全身の回路が悲鳴を上げる。
アイシャ:
心之柱(しんちゅう)……。
アイシャM:
体が耐えきれず、皮膚が裂け、血が滲む。
壱四捌:
……制御放棄(リミットブレイク)。
壱四捌M:
青と赤の光が混じり、紫色の粒子が体中のヒビから漏れる。
アイシャ:
……『獅子(しし)』っ!
壱四捌:
……無名之壱撃(ストライク)ッ!
工場機械M:
衝突する、二つの閃光。
壱四捌M:
ダンッ!
工場機械M:
空気が割れる。
ガチリと突き合う拳が、互いの全力を押し合う。
壱四捌M:
ダンッ!
工場機械M:
凄まじい衝撃の波に負け、二人の体は壊れていく。
壱四捌M:
ダンッ!
アイシャ:
はぁあぁあぁあっ!
工場機械M:
裂け、折れ、吹き出す。
壱四捌:
ハァアァアァアっ!
工場機械M:
割れ、剥がれ、吹き飛ぶ。
壱四捌M:
ダンッ!
工場機械M:
永遠の様な拮抗。
けれど、稲妻の様な一瞬。
壱四捌M:
(※三秒以上)
………………まぁ……ハハッ…………こんなところか。
工場機械M:
光が、解けていく。
壱四捌M:
……もう、ボロボロだぁ。
……信じられないくらい、強ぇってのになぁ……あっしは。
工場機械M:
大きな……柱の様なオーラが、立ち昇る。
壱四捌:
負けたぜ……。
工場機械M:
轟音が重なる。
支えの無くなった力の本流が、片方を飲み込み、空へと……全てを貫き……消えていった。
〜〜〜〜〜〜
▶︎N/A
壱四捌M:
…………いつか見た色が、小さく、見えた。
アイシャ:
……うぅ……ぁ……っ。
壱四捌M:
動けないまま、外まで突き抜けた天井を……見つめていた。
アイシャ:
……はぁ……全身が、壊れそう……アル。
壱四捌M:
ふらつきながら、視界に、アイシャが映り込む。あちらも負けじと、酷い有様だ。
アイシャ:
……おい、死ねたアルか?
壱四捌:
……ギァ、ハハッ……笑っちまった、じゃねぇか……。
アイシャ:
しぶとい奴ネ……あれだけやってダメなら……死んでも死なないアルヨ、お前。
壱四捌:
……いや、何言ってんだ……こんなん……死んじまった様なもんだぜ、まったく……ハハッ。
アイシャ:
でも、生きてるネ。
壱四捌:
…………あぁ。
壱四捌M:
遠くの、青を……見つめる。
壱四捌:
……そうなのかもな。
アイシャ:
……ふふっ。
工場機械:
『ハーゲンティ』。
壱四捌M:
固い声が、冷や水の様にかけられる。
工場機械:
残念です。
全てが無駄になりました。
壱四捌:
……あぁ、悪かったよ……『ウシャス』。
工場機械:
黙りなさい。
思ってもいない謝罪など、不要です。
アイシャ:
……お前が、黙れアル。
壱四捌:
いや、良いんだ……お嬢さん。
……裏切ったのは、こっちだからなぁ……。
工場機械:
その通りです。
……上手くいって、良かったじゃないですか。
アナタの……アナタたちの、勝ちです。
壱四捌M:
ドゴォン、と。
爆発音が、周囲から響く。
アイシャ:
なっ……何アルかっ!
工場機械:
最終防衛システムを起動しました。
アイシャ:
くっ……また何か襲って来るアルかっ。
壱四捌:
いや……敵は出て来ねぇよ……ただ……。
工場機械:
この工場の全てを、破壊します。
アイシャ:
破壊する……って。
工場機械:
ここは、地下深くに存在し、周囲の岩盤を破壊すれば、水脈に繋がる。
壱四捌:
だから……爆破して、水で全て洗い流すのさ……汚ねぇ事、全部……な。
アイシャ:
そんな……簡単にそんな事するんじゃねぇアル!
工場機械:
簡単じゃありません。
アナタたちが招(まね)いた結果じゃないですか。
最重要機密を部外者へ知られ、口止めも不可能……となれば、最終手段として、リセットするしか無いでしょう。
元々、そういった事態の為に用意された、リスクヘッジのひとつです。
……まさか、こんな形で利用されるなど……思いもしませんでしたが。
アイシャ:
……それじゃあ……お前、最初からこれが狙いで……。
壱四捌:
……すまねぇなぁ。
アイシャ:
謝るなっ!
工場機械:
同意です。
はぁ……アナタの死骸から、データをサルベージ出来る事を祈るばかりですよ。
壱四捌:
ギァハハッ……出来ると思うか?
工場機械:
無理でしょうね。
では、もうそろそろ失礼しますね。
これ以上、アナタたちの相手をして、最悪な体験をしたく無いので。
アイシャ:
はぁ!? こっちの台詞アルっ!
バーカバーカっ!
工場機械:
クソエルフ。
願わくば、早く死んで下さいね。
それでは。
アイシャ:
クソはテメェだろうが、アルぅー!
んぎぎぎぎっ!
壱四捌:
……水の音が……聞こえて来たな。
アイシャ:
……っ!
壱四捌M:
断続的に響く、爆破の音。
崩れ出す、天井や壁。
下の方へ押し寄せているであろう、濁流。
アイシャ:
まずいアル……壱四捌(いよはち)、早く逃げないと……つっ、痛ったぁ……っ。
壱四捌:
……随分と、無茶させちまったみてぇだな……。
壱四捌M:
立っているのもやっとだったのか、目の前で膝を着く。
このままじゃ、二人とも終わりだろう。
アイシャ:
くっ……大したこと、無いネ……それより、少しも動け無いアルか?
大したこと無いアルが……ちょっと、肩ぐらいしか、貸せなそうアル。
壱四捌:
……ハハッ。
壱四捌M:
なぁ、覚えているか?
壱四捌:
……大丈夫だよ……動ける。
壱四捌M:
自分が産まれた日の事を。
アイシャ:
良かった……それじゃあ、急いで脱出するアル。
ほら……。
壱四捌M:
壱人(ひとり)で四(し)ぬと。心を捌(さば)いた事を。
アイシャ:
手を出すネ……。
壱四捌M:
誰にも呼ばれぬ、名前を付けた事を。
アイシャ:
壱四捌(いよはち)っ!
壱四捌:
……あぁ……悪りぃな……。
壱四捌M:
『ハーゲンティ』でも『e48(いーよんはち)』でも……誰でも無い。
アイシャ:
よしっ……ほら、立つ……アル……?
壱四捌M:
あっしの、名前を。
呼んで貰えた今日の事を。
アイシャ:
何してるアル……私も疲れてるネ……立とうとしてくれないと……。
壱四捌:
ありがとう。
アイシャ:
え?
壱四捌:
もう、十分だよ。
アイシャ:
何が、アル?
壱四捌M:
ガラス越しの手を。強く握る。
壱四捌:
なぁ、お嬢…………アイシャ。
壱四捌M:
自分には、眩し過ぎるその名で、呼ぶ。
壱四捌:
あっしは、ここまでで、良いのさ。
アイシャ:
…………そんな。
壱四捌:
自分で選びたいんだ。それに、誰かのせいにもしたくない。
アイシャ:
……そんなの……駄目アル……。
壱四捌:
頼むよ……もう、誰かに決められたくねぇんだ。
アイシャ:
ならっ! 自分で生きるって言うアルっ!
壱四捌:
……ハハッ……なぁ、アイシャ。
壱四捌M:
爆発音。そして、滝の様な流水音。
アイシャ:
何アルっ!
壱四捌M:
時間が。色々な時間が。
もう、無くなってしまう。
壱四捌:
……楽しかったんだ、本当に。
壱四捌M:
始まりから終わりまでの、ほんの一瞬が。
壱四捌:
だから、十分さ。
アイシャ:
……何……笑顔で言ってるアルか。
壱四捌M:
そう見えたんなら、そりゃ不思議だ。
笑ってる顔なんて、あっしに出来る訳が無いのに。
壱四捌:
よし……アイシャ。
……今度こそ、ちゃんと……手を貸してやる。
アイシャ:
何を……えっ、ちょっ……。
壱四捌M:
両手をアイシャへ当て、最後の機構を起動させる。
壱四捌:
じゃあな……。
アイシャ:
何するアルっ……う、うわっ!?
壱四捌M:
両手から、煙が立ち上がり、火花が走る。
アイシャ:
えっ、ちょっと、壱四捌(いよはち)、お前、これっ!
壱四捌:
ロケット……。
アイシャ:
やっぱりぃっ!
壱四捌:
パンチッ!
アイシャ:
ぶぁかぁっ! うぐぁあぁあぁあ、るぅうぅうぅ!
壱四捌:
……ハハッ……良い感じに、穴開けてくれたおかげで……上手く飛んでったなぁ……はぁ……。
壱四捌M:
今度こそ、微塵も動けなくなり、空を仰ぐ。
壱四捌:
なんだ……瓶(フラスコ)越しでも……こんなに綺麗じゃねぇか。
壱四捌M:
記憶でしか無い、それを。見られるなんて、思っていなかった。
壱四捌:
あぁ……良かったなぁ。
壱四捌M:
死ぬしか無かった、この命……。
あぁ……だけど、本当に……。
壱四捌:
……生きて、良かった。
〜〜〜〜〜〜
▶︎マリシ国、沿岸部、某所にて
アイシャ:
……酷い目に……あったネ。
アイシャM:
あそこで私が這いずり回っている内に、いつの間にか。
夜が過ぎ、朝が来て、昼になっていたらしい。
アイシャ:
……本当に、崩れていくアル。
アイシャM:
遠くに見える工場が、土煙を巻き上げ、火の粉を飛ばしながら、沈んでいく。
アイシャ:
……痛ってて……あぁ……たぶん、どっか……折れてるネ……これ。
アイシャM:
痛みが走る体を、荒野の日陰に投げ出す。
アイシャ:
……はぁ。
アイシャM:
散々な事ばかりだった。
良かったのは、久々に全力で戦えた事くらいだった。
アイシャ:
その代償が、これ……割に合わないアル。
アイシャM:
吹き抜ける風が、陽光に混ざり、心地良い。
アイシャ:
……空。
アイシャM:
青く、高く。
変わらない、見慣れた景色。
それを、久しぶりに見た感覚を覚える。
アイシャ:
本当……馬鹿な奴アル。
アイシャM:
生きなければ、と。
そんな当たり前なことを。
強く噛み締めた。
アイシャ:
……あぁっ! 荷物っ!
アイシャM:
体を起こして、工場の方を向くが……そこには、何も見えなかった。
アイシャ:
あ……あぁ……最悪アルぅうぅう!
おぉこられるぅうぅう!
〜〜〜〜〜〜
▶︎秘匿回線を使用した音声通信ログの再生
通信音声:
……と、一連の抜粋編集した映像記録をご覧頂きましたがぁ。
この様に、アイシャ君の身体能力はぁ、作戦の妨げとなり得る程、驚異となりますぅ。
しかし、その実。映像でもあったようにぃ。
筋肉の運動を制限、もしくはぁ、活動不能としてしまえばぁ、無力化することが可能となりますぅ。
上手くやれば、ですがねぇ。
ではぁ、何か質問はありますかぁ?
……はい? この記録の出所(でどころ)?
いや、何で知る必要が……うっ、分かりました、分かりましたよぉっ、教えれば良いんでしょ! ハイハイッ! うるさいなぁ、まったくぅ!
……まぁ、でも、特に有益な情報なんて無いですよぉ?
単純に、偶々(たっまたぁまぁー)、映像記録が可能な機体が現場に居合わせたってだけですよぉ……えぇ、本当に……それだけです。
〜〜〜〜〜〜
▶︎エピローグ
御者:
……おっとぉ。
青年:
あでっ!
御者:
あぁ、大丈夫かい、お兄さん?
青年:
あ、あぁ……少しぶつけただけだ……大丈夫でさぁ。
御者:
すまないねぇ。
馬車なんて今時は見ない理由が分かっただろう?
青年:
いやいや、これはこれで風情(ふぜい)があって良いじゃないですか。
好きですよ、あっしは。
御者:
そうかい? だけど、揺れるだろう?
青年:
そんな気になりませんよ。
それこそ、寝てたくらいなんで。
御者:
ははっ、そりゃ図太いねぇ。
青年:
えぇ……ふわぁ……。
御者:
おや、大きいあくびだ。
寝れるんなら、もう少し寝てたらどうだい?
まだ町までは掛かるからね。
青年:
そうですねぇ……それじゃ、お言葉に甘えようかな。
ちょうど……良い夢を見てたんで。
御者:
えぇ、起こさない様に気をつけますよ。
青年:
ハハッ、有難いが、気になさらず。
女の子:
ねぇ、お兄ちゃん。
青年:
ん?
御者:
おっと……こらこら、お兄さんは、お休みするところだ。
邪魔しちゃいけないよ?
青年:
いや、大丈夫ですよ。
……なんだい、お嬢ちゃん。
女の子:
お兄ちゃんは、どこから来たの?
御者:
すみませんねぇ。
実は、お兄さんが乗ったすぐから、娘が興味深々で……ほら、あまり他人を乗せた事なんて無いから、珍しくてねぇ。
青年:
いえ、こちらこそ無理に乗せて頂いたんですから。どんな質問でも答えますぜっ。
それで、どこから来たか、か……へへっ……あっしは、遠いとこから、来たんだよ。
星明かりに包まれた。綺麗な、宇宙の彼方(かなた)から……。
女の子:
えぇっ、そうなのっ!
青年:
ハハッ、そうだぞぉ、すげぇだろっ。
御者:
はっはっ、そりゃあ随分と素敵なお客さんを乗せたもんだ。良かったなぁ。
女の子:
うんっ。ねぇねぇ、お兄ちゃん、そこのお話もっと聞かせてっ。
青年:
あぁ、良いぜっ。
それじゃ、何から聞かせてやろうかなぁ……。
女の子:
あっ、その前に。
青年:
おう?
女の子:
はじめまして。私の名前は、ウィーオ。
お兄ちゃんの名前は?
青年:
ウィーオ……良い名前だな……それにっ、礼儀正しいっ。素敵な娘さんですねぇ。
御者:
いや、はっはっ……ありがとうございます。
青年:
……それで、お兄ちゃんの名前だなっ。
それでは……自己紹介しようか。
女の子:
うんっ。
青年:
ハハッ……お控えなすってっ!
〜〜〜〜〜〜
エンド
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