『木造長屋』 作:こんのすけ
『木造長屋』
投稿者:K
怖い話ねぇ……
まあ、なくもないんですが、あまり話したくなくてね……ふぅ……
あれは、私が幼い頃……ああ、私の家は貧乏で、二階建ての古い木造の長屋に祖母と二人で暮らしていたんだけれど、ある晩、祖母に叩き起こされて目を覚ますと、部屋の中が夕日に染まったかのように明るくてね。お日様の光がこんなにも眩しく部屋中を照らすものかと驚いた。
けれど、何かがおかしい。そう、それは日の光ではなかった。
ジリジリと壁を這うように、ゆらゆらと揺らめく火の灯り、火事だと叫ぶ祖母の声もなかなか耳に届かなかった程、火の粉が舞うこの状況に、私はまだ寝ぼけていたのか、それとも朦朧としていたのか、夢の中、あるいは映画でも見ているかのように、ぼうっとしていた。
祖母に抱えられて家の外へ出るまでの間、熱風にジリジリと肌を炙られて、パチパチと爆ぜる音に、ゴォっと燃え上がる炎の叫び声のような音、視界を覆い尽くす煙と焼け焦げた嫌な匂い、這いつくばってようやく外へ出た後さえも、それらの感覚はいつまでも私に纏わり付いて、何度も蘇り、なかなか消えてはくれなかった。
外に出ると煙の隙間から人集りが見えた。
それまでは無我夢中で思考が追いつかなかったが、他人事のように見物している人たちを見て、その時やっと現実なんだと実感し、身体中が震えた……
恐る恐る振り返ると、そう、確かに私の住んでいた家は炎と煙に包まれていた。
ふと二階の窓を見ると何かが見えた。
……人影だった。私は咄嗟に叫んでいた!
「あそこ!人がいるっ!」
山のような野次馬が一斉に私の指す二階の窓を見たが、皆、口を揃えて、
"誰もいないじゃない" "見えないよね"
"あそこの家の子でしょ、幻覚でも見たんじゃない?可哀想に"
……といった話し声が聞こえるばかりだった。
でも、本当に見えたんだ……煙の中に人影が……
そして、その影は次第にはっきりと、見えてしまったんだよ……
隣に住んでいたお爺さんが、窓からじぃーっとこちらを向いて手を振ってるのを……
はぁ……それも…………何とも言えない、笑顔で……
あの顔が忘れられなくて何だか怖くて、お爺さんのことは誰にもいえなかった。
身寄りもないお爺さんらしくてね。お爺さんは時折、玄関や窓を全て開けて部屋中に風を通していたんだけど、狭い部屋には壁一面に大きな本棚、そこには物凄く沢山の本が並んでいた。どれも難しそうな本だった。玄関の外から呆気に取られて眺めていると、"入っておいで"と和かな笑顔で部屋に招かれ、小さな子供でも楽しめるものをと、とても大きな図鑑を見せてもらったことがある。
!?……そうだ、あの本……子供が描いたような落書きが……いや、何でもない……
住む家がなくなった私と祖母は、しばらくの間、親戚の家に居候になった。
あの時のことは、子供の私には何も話してもらえなかくてね、私が大学生になって間もない頃、寝たきりになり物忘れも激しくなってきた祖母が突然、昔話を始めたんだ。いくつかの話の中に、あの時の火事の話があった。
要約すると、隣の家のお爺さんは皮膚が全て焼け剥がれて、身元がわからない状態だったらしいんだけどね、お爺さんが自殺したんじゃないか、なんて話もあったけど、煤を吸ったとか、そういった生活反応が見られなかったらしく、火災の前には既に亡くなっていたんじゃないかと、そういった噂話を聞いたらしい。
……じゃあ、私の見たお爺さんはいったい、あれは私の見間違いだったのだろうか?それとも……まあ、そんなこと、知る術も無いんだけれどね……
はぁ……実は……それだけじゃないんだ。最近少し気になる話を聞いてね。
社会人になって仕事も順調で、忙しい毎日を送るようになって、あの日のことを思い出すことも少なくなっていたんだけれど……
少し前にね、あの頃仲が良かった同級生と偶然会ったんだよ。そして、木造長屋の火災の話になってね。
いや……お爺さんの話は出なかった。ただ、ちょっとね……
あれから数年間、あの土地は更地のままになっていたらしいんだけれど、土地の所有者が変わってから新しく家が建てられたんだって…………
……で、その家がさ……
…………
火事になったんだ…って…………
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