『帰り道』 作:りんりん
『帰り道』
投稿者:匿名I
その日は仕事でミスして上司から大目玉くらって、まっすぐ帰りたくなくてね。駅前のやっすい居酒屋で大酒食らったんですよ。そしたらガンガンに酔っ払っちゃって。歩いて家に帰ろうとするんだけど、妙に変なんですよね。なかなか前に進まない。酔っ払ってるな〜、いかんな〜、まっすぐ歩くぞって、ちゃんと意識してるのに、斜めにいっちゃうんですよ。いかんいかん、早く帰らないとカミさんに叱られる、しかし叱られるから帰りたくない、人生は矛盾の連続だなんて考えながら、誰もいない狭い道路をふらふら〜、ふらふら〜と歩いてたんです。
で、ふと気がついたら、道の端っこに女の人が立ってたんですよ。私の前を歩いてたわけじゃないんだよね。ずっとそこにいたみたいに、スーッと立ってるんですね。
暗くてよく見えないんだけど、細身で背が高い女性でね。首をガクッと前にして、うなだれてるんです。それで長い髪がサーっと垂れ下がってるんだ。あたしゃ背筋がゾッとしました。なんか変な感じがするんですよ。人なのに、人じゃないような。この人、この世のものじゃないんじゃないかって。
近づきたくないけど、そこを通らないと家には帰れないわけで。なるべく目を合わせないように一歩一歩、進んでいったんです。
でも、人間、不思議なもので、怖いな〜、怖いな〜と思うほど、どうしても気になるんですね。横を通った瞬間にチラッとそっちを見ちゃったんですよ。
そしたら、なんとそこにいるのは女の人じゃなかったんです。それはね、ひまわりだったんですよ。枯れてうなだれた背の高いひまわり。ちょうど女の人にシルエットがそっくりだったんですね。
あたしゃホッとしてね、「なんだい、脅かしやがって」って、ひまわりに向かって悪態ついたんですよ。
そしたら後ろから、「ちょっとよろしいですか」って、声が聞こえてね。振り返ると、女の人が立ってるんですよ。細身で、髪が長い、歳は30ぐらいかな、気の弱そうな女性があたしに話しかけたの。か細い声でね。
「ちょっとお伺いしたいのですが」
「はいはい、どうされました?」
「死んだひまわりはどこにいけばよろしいでしょうか」
「へ?」
「死んだひまわりはどこにいけばよろしいでしょうか」
「え、なんですか? ジンダイマバリ?」
聞いたことないところだと思って、一生懸命、考えたんですけど、全然わかんなくて。そしたら、その女の人があたしの背後のひまわりを指さして
「死んだひまわりはどこにいけばよろしいでしょうか」
って、また聞くんですよ。
「あ、死んだひまわり? 死んだひまわりはどこに・・・? えー、そうですねえ、土に還るんじゃないですかねえ」
って言ったら、その人
「そうですか。ありがとう。失礼しました」
って丁寧にお辞儀してね。
「いえいえ、では失礼します」
ってこたえて、別々の方向に進んだんだけど、妙な人だったな〜と思って振り返ったら、もうその人は見えなくてね。どこか横道に入ったのかなと思ったんだけど、な〜んか景色に違和感があるんですよね。妙に変だな〜と思って、改めて道を端から端へ眺めて、ハッと気付いたんです。
さっきのあたしを驚かしたひまわりが、どこにもないんですよ。どんなに目を凝らしても、そこにはただ薄暗い道があるだけ・・・。
あたしゃもう、すっかり酔いが醒めて、二度と振り返らずに走って家に帰りましたよ。
案の定、カミさんにはこってりしぼられたけど、叱られてあんなにホッとした日はありませんでした。あれから、外での酒はちょっと控えるようにしています。
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