『小さな手』 作:りんりん


『小さな手』

投稿者:匿名N


これは私が保育園のときの話です。小さい頃のことはあまり覚えていないのですが、この記憶だけは消すことができません。


その日は父が保育園へ車で迎えに来てくれました。途中、近所のスーパーに車を止め、一緒に買い物をしました。そして、車に戻り、父が私をチャイルドシートに座らせたとき、父の携帯に電話がかかってきました。どうやら、母から急な買い物の追加を頼まれたようです。父はすぐに戻るから待っているようにと、私にベルトをかけて、急いでスーパーへ引き返していきました。私は窓越しにぼんやり父の後ろ姿を眺めていました。

すると、父が見えなくなった途端、その窓の下の方をペタリと触る小さな手が見えたのです。当時の私と同じくらい小さい子どもの手が2本、窓をペタペタと触っています。見えるのは手のひらだけで、頭も顔も見えません。かがんでいるのでしょうか。チャイルドシートに固定された私はただ見ているだけしかできませんでした。


すると、その手が4本に増えました。増えた2本は少し上の部分をペタペタさわっています。でも、やっぱり見えるのは手のひらだけです。変だなと思って見ていると、上に、横に、手がどんどんどんどんどんどんどんどん増えていきました。ついにはその窓いっぱい、小さな手のひらで埋めつくされたんです。ペタペタペタペタと絶えず窓を触っています。


私はあっけにとられて、かたまってしまいました。


やがてバラバラに動いていた手たちが、同じリズムで窓をたたきはじめました。トン、トントンと強い音がします。


怖くなって父を呼ぼうとしましたが、のどがカラカラに乾いて声が出ません。


と、ドン!!!と、反対側の窓からひときわ強い衝撃を感じました。驚いて見ると、そちらの窓もびっしりと子どもの手のひらで埋まっています。

ドンドン!!ドンドンドン!!!ドンドンドンドン!!!!

両側からものすごい勢いで窓をたたく、埋め尽くされた小さい手、手、手。私はパニックになって、出ない声で泣き叫びました。

そしてとうとう、左右の窓ガラスが私に向かって割れ、その瞬間、私は意識を失いました。


気がつくと、知らない部屋に寝かされていました。私が目を覚ましたのを見ると、そばにいた父が泣きながら抱きしめてくれました。そして、ごめん、ごめんと謝るのです。私は訳が分からなかったけれど、あのたくさんの手から逃げられたことにホッとして、また意識を手放しました。


あとから聞いたのですが、私が寝ていたのはスーパーの控え室でした。車の異変に気づいた父が急いで駆けつけ、気を失った私を運んでくれたそうです。


そして、その後、お店の人が呼んでくれた救急車で病院に行き、詳しい診察を受けました。窓ガラスは粉々に割れていたけれど、私に怪我はありませんでした。ただ、熱中症になりかけていたと聞きました。


大人たちはみな、自然に窓が割れたこと、しかも左右同時に内側に向かって割れたことを、あり得ないと不思議がっていました。

みんな、何も見なかったし、聞かなかったのでしょうか。

なぜか私はあの無数の手のことは誰にも言えませんでした。


そしてこれは最近、知ったのですが、昔、私が生まれるよりずっと前、あのスーパーで親が買い物中に、駐車場の車の中で熱中症になり、亡くなった子どもがいたということです。