『音がしない老人』 作:あかおう
『音がしない老人』
作:あかおう
男:これはですね、私が中学生の頃のお話です。
男:入院したおばあちゃんのお見舞いに母と二人で何度か行ってたんです。
男:今はもう高台に移転したんですけど、当時市内の病院は海の目の前に建ってましてね。
男:廊下の突き当りなんかはその見晴らしの良さを利用して、壁一面が全面ガラス張りで。
男:私なんかは角部屋のおばあちゃんの部屋に行かずに、おばあちゃんの病室の階に着いたら、
男:まずはいつもその「全面ガラス張り」の所でひとしきり景色を見てから、おばあちゃんの病室に行ってたんですよ。
男:その日は、いつものようにおばあちゃんのお見舞いに来てたんですよ。
男:私はもう勝手知ったる病院ですから、母も何も気に留めずに当たり前のように
男:「先に病室行ってるよ」って声をかけてね。私は母の方向も見ずに「はーい」って言いながら全面ガラス張りの所へ駆けて行ったんです。
男:その日は夏のよく晴れた日で。抜けるような青空が印象的でね。
男:漁師町でしたから沢山の漁船も行きかってるのが見えて。
男:それに海だけじゃなくて市街地も綺麗に見えたんです。割と高い階に病室がありましたからね。
男:眺めの良い場所っていうのは、やっぱり子供心にワクワクしながら見てたもんですよ。
男:「あー!あそこは〇〇ちゃんの家だ~」とか「あー!スーパーの駐車場の車がオモチャみたいに小さい」とかね。
男:段々。段々景色に夢中になってってね。ちょっと興奮してガラス張りの前にある手すりを掴んでたんですよ。
男:前のめりになってね、足をブーラブラなんてさせて。子供には手すりひとつも遊び道具だったんでしょうね。
男:何回か足をまたブーラブラさせて、ちょっと腕が疲れたなーって思ってジャンプして着地したんです。
男:そしたらね。
男:真後ろからゆーっくりと、だけど大きな手が窓ガラスに向かって「にゅっ・・・」って伸びていったんです。
男:何の音もなく伸びた手にね、私びっくりして。「・・っっ!!」って声が出そうになったんです。
男:あ、でも「入院患者さんだ」ってすぐわかってね。脅かせたら失礼かなーって、普通にしてるフリしてたんですよ。
男:そしたらね。その「にゅっ」って伸びた手は一つの方向を指をさして。
男:「あそこに・・・ある・・・・」ってつぶやいたんです。
男:・・・私ね、急に何の前触れもなく話しかけられたし、かすれ声で何言ってるのかわかんなくてね。
男:ほんの少し。ほんの少しだけ後ろを見てね。話しかけてきた老人の方を見たんですよ。
男:・・・そしたらね、私よりも背が高くて、ガリガリで。水色と白のストライプのパジャマを着たおじいさんが立ってたんです。
男:真っ・・・青な顔してね、目の焦点は合ってるんだか合ってないんだかわからない感じで。
男:ただひたすら海の向こう側を見るように遠ーーくを見てるんですよ。
男:・・・・・私ね、ちゃんと振り返る事は出来なかったんです。でもそこはね、元気に返事したんですよ。
男:「へぇーー!そうなんですか!」
男:って。
男:そんで、「あ!あそこは?あれは何ですか?」って指さして、パッって振り返ったんです。
男:・・・・そしたらね・・・。後ろ、誰も居ないんです。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
男:ほんの。ほんの数秒ですよ。「へーそうなんですか」「あれは何ですか?」振り返ったら誰も居ないんです。
男:・・・・・何の音もしなかったんです。なのにもう居なかったんです。跡形もなく・・・・。
男:ひろーーい廊下です。その端っこで私景色見てたんです。
男:すぐ横の非常階段におじいさん行ったのかなー?ってすぐ見に行きました。・・・誰も居ないんです。
男:シーンて静かな廊下でね、誰かが歩いたらすぐわかるような「ペタペタ」音がする廊下だったんです。
男:そこでね、私「はっ」って思って。きっとおばあちゃんの部屋の人で、ベッドに戻ったんだろうなーっておばあちゃんの病室に行ったんです。
男:でも、四人部屋はおばあちゃんと、もう一人女性が寝てるだけで、あと二つは空だったんです。
男:そんでね、廊下の片隅に書いてあるんです。
男:「この病棟は女性専用病棟です」って・・・・。
男:・・・・おじいさんは、私に「あそこに何がある」って言いたかったんでしょうね。
男:その数年後にその病院は取り壊されてしまいましたので、それを知る術はもうありません・・・・・
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