まばハロ×あぐ本企画【リーベル】

『月食祭と神隠しのヒミツ』 

作:天びん × さいぞ × 清水流兎

(1:5:6) ⏱90分



テルエス:ねぇ、エリス。もうそろそろ休憩しようよ…というか、とっくに日は沈んでるんだし今日の業務は終了でしょ?

エリス:まだ今日中に確認しなくてはならない案件が幾つか残っているだろう。それを確認してからだ。

テルエス:為政者たるもの、時には明日の自分に託すのも必要だと僕は思うなぁ。

エリス:…早く帰りたいなら今後はさっさと終わらせるんだな。お前の逃亡癖にはリアも頭を悩ませていたぞ。

テルエス:そうだよ、リアは?リアがいないじゃん!だから仕事が回らないんだ、うん。

エリス:リアは休暇だ。最後に休みを取ったのも随分前だったし、元々彼女は働きすぎている。…あまり困らせないでやってくれ。

テルエス:だからって本当に椅子に縛り付けることなくない?しかも魔法で。

エリス:普通の縄であれば速攻逃げるだろう?

テルエス:…嫌だなぁ、そんなことしないヨ?

エリス:なら、今の間は何だ?そもそもお前の担当分はそこまで多くないはずだろう?一体どうしたらそんな山になるんだ…。

テルエス:やっぱり僕って恨まれる運命なのかな?才能があるからってこういうの良くないと思う!

エリス:恨むなら仕事を溜め込んで逃げ回っていた過去の自分を恨め。

テルエス:心外だなぁ…僕は別に仕事を溜め込んでいる訳じゃないよ。書類仕事は気が乗らないから、外に出て湖の生態調査したり、森の気候変動と酸素濃度について実験したりしてるんだから、立派に仕事はこなしてるよ、うん。

エリス:それは釣りをしたり、昼寝に最適な場所を探しているの間違いだろ!

テルエス:おや、流石だね。エリスもようやく僕のことが分かってきたじゃないか。

エリス:書類仕事も立派な仕事だ、選り好みをするんじゃない!…まったく。

イディア:(ノック音)失礼します。

エリス:イディアか、こんな時間にどうした?

イディア:今度開催するイベントの件でご意見を伺いたく参りました。

エリス:分かった、入ってくれ。

テルエス:イベント?

―執務室にイディア、リシェラ、アリーンシャの3人が各々荷物を持って入ってくる。

イディア:お疲れ様です。

リシェラ:あら?テルエス様もいらっしゃったんですね。こんな時間まで執務室でお仕事なんて珍しい。

アリーンシャ:…って。よく見たらテルエス様、椅子に縛り付けられてませんか?!

テルエス:そうだよね?横暴だよね?アリーンシャもそう思うだろ?君もエリスになんとか言ってやってよ。

エリス:あぁ…これはテルエスの自業自得だから、情けをかける必要はないぞ。

アリーンシャ:…エリス様顔には出してないけど、これ相当怒ってるね。

イディア:まぁまぁ…でしたら休憩も兼ねてお2人にはこちらの確認をお願いします!

―イディアが菓子パン、リシェラがスイーツを次々テーブルに置いていく。

テルエス:菓子パンにスイーツ…?それもこんなに沢山どうしたんだい?

エリス:もうすぐ「月食祭」だろう?彼女達にはその準備を手伝ってもらってたんだ。

テルエス:あぁ…もうそんな時期か。目まぐるしい環境の変化に追い付くのがやっとで、すっかり忘れてたよ。

アリーンシャ:毎年アグホントでは秋頃に皆既月食を見ることが出来るんだよね。

リシェラ:ええ。でもリーベルでは月食の期間中、良くないものが森に迷い込むと言われていて、それらから自分の身を守るために仮装をしたのが月食祭の起源と言われています。

アリーンシャ:月食祭と呼ばれるようになってからは、仮装した国民は各々魔法で月の形をしたランプに火を灯し、自分や家族の厄除けを願う行事になった…で合ってる?

リシェラ:その通り!

イディア:それで今年は仮装大会を開いて、大会の最後には参加者全員でパーティーを開くことになったんです。

アリーンシャ:イディアさんのお店からは甘~く煮たリンゴのデニッシュとかキノコたっぷりのシチューパイ、リシェラさんのお店からはマロンクリームが濃厚なモンブランに…ほくほくのパンプキンパイとか美味しいものをた~っくさん提供する予定なんだよね!

リシェラ:はい!今回は勝負じゃないですけれど、秋の新作レシピには自信がありますよ!

イディア:私もです!新作メニューの開発にあたり、アリーンシャさんにもご協力いただいたので、味に関しては間違いないですね。

アリーンシャ:どれもメッッッチャ美味しかったです!!

エリス:なるほど。アリーンシャが試食してくれたなら百人力だ。では、イディアとリシェラは新作メニューの最終確認が目的でここに?

イディア:あとは当日どれだけ作ることになるか、おおよその数量が分かっているのであれば、教えて頂こうかなと思いまして。

エリス:分かった。必要数量に関しては後ほど書面で回答するよ。その方が間違いもないだろうからね。

テルエス:試食ということは休憩だよね。じゃあこの縄をほどいてくれ、さぁ早く!

エリス:腕は縛っていないのだし、縄はそのままでも食べられるだろう?

テルエス:あのねぇ…流石に拘束されたままは食べ辛いでしょ。

リシェラ:テルエス様、食べ辛いようであれば私が食べさせて差し上げましょうか?

アリーンシャ:いや、リシェラさん。そういうことじゃないと思う…っていうか、エリス様も流石に縄解いてあげましょ?!

―アリーンシャのツッコミでエリスが拘束呪文を解く。

テルエス:ありがとう、アリーンシャ。…まったく、本当に可愛くなくなったよ。(ブツブツ)

エリス:今何か言ったか?

テルエス:え?何も言ってないよ~。空耳じゃない?

エリス:では、我々も頂こう。

テルエス:…うん!このモンブラン美味しいね。マロンクリームが濃厚だけど、全然しつこくない。

エリス:このシチューパイも格別だ。当日は結構涼しくなるだろうし、仮装によっては薄着の者もいるだろうから暖かい惣菜パンはありがたいだろうね。

リシェラ:喜んで頂けて何よりです。

テルエス:…で。アリーンシャは何の要件で来たんだい?そんな荷物を持っているのに2人の付き添いってわけじゃないんだろう?

アリーンシャ:勿論です!自警団の団長さんから警備関係の資料を預かってきました。

エリス:ありがとう。普段こんなに早く資料が届くことがないから助かるよ。

アリーンシャ:えへへ…。最近護衛の仕事を介して自警団の人達と仲良くなったんです。面白いんですよ?副団長さんは書類仕事が苦手で、いつも逃げて回ってるから部下に怒られてるし、団長さんは物凄く強いのに、夫婦喧嘩では奥さんに絶対勝てなかったり。

テルエス:何だろう、僕その副団長とはすごく仲良くなれそうな気がする。

エリス:…ふむ。この配置であれば問題ないだろう。…しかしこうして見ると我がリーベル軍の人員不足は否めないな。

イディア:そうですね…自警団の皆さんに頼っている部分も大きいですし。

テルエス:さっきから気になってたんだけどさ、今回のイベントって警備する必要あるの?そもそも仮装してパーティを楽しむことが目的なら必要ないと思うんだけど。

リシェラ:あれ、テルエス様はご存じないんですか?あの噂。

―同刻、リーベル国内宿屋キュヴェルの食堂にて。

クリオ:今日の営業、おしま~い!

ティーナ:クリオさん、お疲れ様。

シャトン:今日も繁盛していたようだね。

クリオ:うん!もうすぐ月食祭もあるし、お客さんいっぱいでクリオも嬉しいよ。

ティーナ:クリオさんも月食祭には参加するの?

クリオ:そうだよ、イディアからお手伝いも頼まれてるしね。

シャトン:お手伝い?

クリオ:仮装大会の後にパーティーするでしょ?その時シチューのパイを出したいんだって。

ティーナ:分かった!キュヴェルのシチューをパイの中に入れるんだね!

クリオ:正解~!試しに作って食べてみたけど、美味しかったよ~。

シャトン:へぇ…それは当日が楽しみだ。

クリオ:他にも沢山イディアと一緒に作ったから期待しててね。パン生地コネコネするのは面白かったよ~。

ティーナ:そういえば、シャトンちゃんも仮装大会に参加するんでしょ?

シャトン:参加の前に「警備として」が付くけどね。警備も仮装は必須みたいだから何かしら用意しないと…。

クリオ:リーベルは軍の人間が少ないから大変だね…。

シャトン:いや、そうでもないよ。リーベルは軍の規模が小さい代わりに自警団があるから。

ティーナ:…ってことは、まだ何の仮装するか決まってないんだ?

シャトン:うん、あまり派手じゃないものにしたいとは思ってるんだけど。

ティーナ:シャトンちゃんは目立つの好きじゃないもんね。クリオさんは?

クリオ:クリオは可愛い仮装してみたいな。お花とかとかフワフワしたもので飾ってみたい。

ティーナ:フワフワしたものなら、綿とかかなぁ。でもクリオさんなら何を着ても似合いそう。

クリオ:ありがとう。あとクリオは写真撮って回りたいな。皆が仮装して楽しそうにしてるとこ撮りたい。

ティーナ:素敵…!それなら探検家みたいな仮装にして皆の写真を撮るのも面白そうだね。

シャトン:…そう言うティーナはどうなの?

ティーナ:私もまだ何の仮装するか決まってなくて…そうだなぁ。

クリオ:ティーナの仮装…妖精の仮装とかどう?

シャトン:確かに。雰囲気もフワフワしてるし、ヒラヒラした服も好きでよく着てるから、似合いそうだね。

クリオ:あとは…お姫様とか?

ティーナ:妖精に…姫…。んー…何か違うなぁ。

シャトン:そう?結構似合うと思うんだけど。

クリオ:ティーナがなりたいイメージとは違うのかも。

ティーナ:んんー…―あ!シャトンちゃんは?私、シャトンちゃんになってみたい!

シャトン:な…!私?!

ティーナ:うん!こんな機会滅多にないし、折角なら、大好きなシャトンちゃんみたいになりたいなって!綺麗で、カッコいいし!

シャトン:私は…綺麗なんかじゃない。

クリオ:前にも言ったけど、シャトンは綺麗だよ。

シャトン:…ありがとう。気持ちは嬉しいけど、別の意味でもやめておいた方が良いと思う。

ティーナ:え、何で?

シャトン:私の髪は…目立つから。

クリオ:シャトン、前もそう言ってたよね。

シャトン:私の髪を見て売り飛ばそうとした奴も居たし、心ない言葉を投げてきた奴もいた。

ティーナ:そうだったんだ…。

クリオ:シャトンがタングリスニに移ったのは、まだ今より治安が悪い頃だったんだね。

シャトン:うん。

ティーナ:でもね、シャトンちゃん。今のリーベルなら治安も良いし、人拐いが出ようものなら、きっと自警団の人達とかエリス様やテルエス様がやっつけてくれるよ?

クリオ:うんうん。多分スゴい勢いで突っ込んでいくよ。

シャトン:…そうね。

クリオ:まだ何か気になることある?

シャトン:…「月食祭の神隠し」。

ティーナ:神隠し?

クリオ:クリオ聞いたことがある。月食祭の夜には毎年行方不明者が出るって。

ティーナ:え?行方不明??

クリオ:そう。どんなに警戒していても毎年何人かは行方不明になっちゃうの。

シャトン:『秋の夜長(よなが)に誘(さそ)われて、暗き森に踏み入れば、行き着く先は異なる世界、帰りたくとも帰れない…常世の闇は全てを覆う。』

クリオ:噂と一緒に語られてる伝承の一部?

シャトン:吟遊詩人がたまに歌っているのを聞いたことがあるんだ。

ティーナ:…。

シャトン:変に目立つと神隠しに遭うかもしれない。だから―!

ティーナ:大丈夫だよ。

シャトン:ティーナ。

ティーナ:さっきも言ったけど、自警団の人達やエリス様、テルエス様もいる。それに何より―

クリオ:ティーナに何かあったらシャトンが黙ってないでしょ?

シャトン:あ、ああ…それは勿論!

ティーナ:当日はなるべくシャトンちゃんの近くにいるから…ね?大丈夫。

シャトン:…はぐれて勝手に居なくならないでよ?

―宿屋キュヴェルの前の通りではティアンとマズダーが3人の会話を聞いている。

ティアン:いーねー!「月食祭の神隠し」…何か起こりそうな予感がぷんぷんしてきたぁ!

マズダー:分かったから、まずは窓から離れろ?勢いがスゴすぎて顔物凄いことになってるからな?

ティアン:そりゃ前のめりにもなるでしょ!やっぱり来てみて良かった!!

マズダー:リーベルの月食祭に参加したいって言うから来てみれば…。お前って本当にぶれねぇな。

ティアン:面白そうなことには積極的に絡んでいかないと損じゃん!

マズダー:…面倒なことの間違いじゃねーの?

ティアン:でもさぁ、おっちゃん知ってる?この噂…案外マジかもしれないの。

マズダー:マジって…神隠しが?

ティアン:現にリーベルでは毎年行方不明者が出てる。それも本当に神様に隠されてしまったかのように忽然と姿を消してるんだ。

マズダー:…まさかぁ!それってお祭り気分に乗せられて気付いたら他国に渡っちまってたっつーオチなんだろ?

ティアン:(溜め息)…おっちゃん夢無さすぎ。それと鈍すぎ。

マズダー:何でだよ!別に普通だろ!

ティアン:『秋の夜長(よなが)に誘(さそ)われて、暗き森に踏み入れば、行き着く先は異なる世界、帰りたくとも帰れない…常世の闇は全てを覆う。』

マズダー:…それ、さっきシャトンが言ってた…。

ティアン:分かる?…異世界だよ!どういう原理かは分かんないけど、リーベルの森が異世界と繋がってて、うまくいけば月食祭の最中に異世界に行けるかもしれないってこと!!

マズダー:…ティアンは夢見すぎじゃね?

ティアン:なんだとぉ!!

マズダー:さっきの一節にもあったろ、『帰りたくとも帰れない』って。実際に異世界に行けたとして帰れなくなったらどうすんだ。

ティアン:え、おっちゃん助けに来てくれんでしょ?

マズダー:さも当然のように…。

ティアン:だっておっちゃん、何だかんだ言いつつも人のこと見捨てられない性格でしょ?毎回アタシのこと心配してくれてんじゃん。

マズダー:それは…人として当然のことというか…。

ティアン:まぁ…冗談は抜きにしても帰れると思うよ。

マズダー:ほーん…それまたどうして。

ティアン:『行き着く先は異なる世界』だって確定してるからさ。行き着く先が分からないままならそれも唄に反映されてるよ。…多分だけどその吟遊詩人は昔月食祭の最中に異世界に迷い込んじゃったことがあって、何とかしてこのアグホント大陸に戻ってきたんじゃない?

マズダー:へぇ?そんな夢物語みたいなことが現実にあるとしたら…面白ぇなぁ。

ティアン:でしょ?!今回は国同士バトルする訳じゃないから純粋に月食祭を楽しむつもりだったけど、予定変更!!

マズダー:『リーベルの月食祭と異世界の関係性について』…こりゃまた報告書が長くなりそうな題材だ。

ティアン:じゃあここからは2手に分かれて情報収集しよ!アタシは3人に接触してくるから、おっちゃんは運営側ヨロシクぅ!

マズダー:あ!お前ズルくねぇ?!俺より潜入上手いだろ!!

ティアン:こーゆーのは先手必勝、早い者勝ちぃ~★

―1番手 完

ー月食祭前夜

イディア:ふぅ……(ため息)これで明日の仕込みは大体出来ましたね……。

ティアン:(突然窓から入ってくる)おっじゃまっしまーす!

イディア:わっ!ティアンさんじゃないですか!?今日はお店お休みですよ?

ティアン:クンクン……。その割には随分いい匂いさせてるじゃん?

イディア:ああ、明日の月食祭に移動販売車を出すつもりで……。メイン会場の広場で新作のパンを売り出すのでその仕込みをしてたんです。

ティアン:うわ!楽しみ!って言うかアタシにもちょっと味見させてよぉ!

イディア:ダメですよ!まだ完成してないんですから!明日焼き上げて焼きたてほやほやを皆さんに召し上がって頂くんです!

ティアン:え~!ケチ!じゃあなんでこんなにいい匂いがしてるの?

イディア:クリオさんに作って頂いたシチューパイ用のシチューの匂いじゃないですか?

ティアン:じゃぁそのシチューだけでもいいから味見させてよぉ!

イディア:ダメです!パンの分が足りなくなってしまいますから!

ティアン:ちぇー、イディアのケチ!明日までお預けなの~?なんか手伝うから一口だけ?ね??

イディア:もうお手伝いして頂くことはないですからダ・メ・で・す!!

ー同時刻、暗き森の中

池袋フレディ:へへへ……フレディの仮装をすると夢の国に来れるって本当だったんだなぁ……。噂だけかと思ったよ!

池袋ジェイソン:この国の仮装はかなりレベル高いって言うのも噂だよな!俺らの地元のパーティー盛り上げるためにそこら辺の仮装してるヤツ2~3人連れて行こうって

池袋ジェイソン:お前も結構考えたな!

池袋フレディ:なんか代々フレディの仮装したヤツが実際にやってるらしいからね!

池袋ジェイソン:お前に付いてきて正解だったよ!今年も渋谷には負けないぜ!

~2人、歩きながらいつの間にか街中に出て来る

池袋フレディ:おい、なんかいい匂いがしないか?

池袋ジェイソン:ああ、するな!あの家からだ、覗いてみようぜ!

~イディアの店を窓から覗き込む2人

池袋ジェイソン:おい!メイドの仮装した女とケモ耳としっぽつけた子供?がいるぞ!本物みたいな仮装だな!

池袋フレディ:噂通りだったな……。確かにレベル高いや!よし、奴らを連れて行こう!

池袋ジェイソン:で、でもどうやって?

池袋フレディ:まぁまぁ、そう焦るなって。ここでチャンスを伺っていよう!

ーイディアの店の中

ティアン:結局新作は食べれずじまいかぁ……。

イディア:その代わりに飛び切り美味しいお茶を淹れてあげますからそれで我慢して下さいな!

ティアン:え!なになに!?そんなに美味しいの?

イディア:テルエス様がわざわざ取り寄せたというとても美味しい紅茶を分けて頂いたんですよ。

イディア:私が月食祭にみんなに喜んでもらえるように新作を作ると言ったらご褒美に下さったんです。

イディア:今お湯を沸かしますから少し待っててくださいね。

ティアン:わー!楽しみ!

ー窓からのぞいている2人の目の前にやかんがある

池袋フレディ:おい!チャンスが来たぞ!きっとこのやかんでお湯を沸かすんだ!

池袋ジェイソン:それのどこがチャンスなんだ?

池袋フレディ:拉致って来るのに必要だと思って即効性のある睡眠薬を持って来たんだよ!

池袋フレディ:やかんのお湯にコレを数滴垂らしておけば……あの2人は10分後にはおねんねさ!

池袋ジェイソン:さっすがフレディ!用意周到だな!

池袋フレディ:任せとけって!

ー池袋フレディ、静かに窓を開けそっとやかんに持参の睡眠薬を垂らす。

ーティアンとイディアはお茶についての話をしていて気付かない。

イディア:あら、解説がすっかり長くなってしまいましたね。今からお湯を沸かしますので

イディア:もう少し待ってて下さいね。

ティアン:うわー!今の話聞いたら余計に早く飲みたくなったよ~!どんな香りがするんだろう?

ーイディア、睡眠薬入りのやかんを火にかけお湯を沸かしお茶を淹れる

ティアン:クンクン……。わぁ確かにすごくいい香り!今までこんなの飲んだことないよ!

イディア:熱いから気をつけてくださいね?

ティアン:わかってるって!……アタシ熱いのニガテだし。

ー少しの間

イディア:そろそろ飲み頃になったのではないでしょうか?

ティアン:わーい!いただきまーす!

イディア:私も失礼してご一緒致しますね。朝からずっと仕込みをしていたからちょっと稼働しすぎてしまいましたので……。

ー何も知らずお茶を飲む2人

ティアン:わ!ホントにこれすごく美味しい!テルエス様がわざわざ取り寄せたって言うのもわかる気がする!

イディア:ですよ……ね……?ん……?なんか急に眠気が……。どこか調子が悪いのでしょうか……?

ティアン:アタシも……。情報収集のし過ぎで疲れちゃったのかなぁ?

イディア:情報収集……?なんのですか……?

ティアン:月食祭の神隠しについて……。ダメだ、眠いや……(寝落ち)

イディア:ちょっと。ティアンさん、その件について教えて……(寝落ち)

ー2人が寝入ったのを見届けて外の2人が入ってくる

池袋ジェイソン:本当にすぐ効くんだな!この睡眠薬!

池袋フレディ:感心してないでさっさと運ぶぞ!これでメディアは池ハロの方をより沢山取り上げるはずだ!

池袋ジェイソン:……でももっと奇抜な仮装したヤツいねーのかよ……?

池袋フレディ:取りあえずコイツら2人連れて行ってまた来ればいいじゃん!

池袋ジェイソン:そうだな!そうしよう!渋谷には負けられないからな……。

池袋ジェイソン:……なんだ?この女細身の割に随分重いな……。よいしょっと!

池袋フレディ:こっちのちっこいのは片手でヒョイだ!肩貸すよ。

池袋ジェイソン:悪いな、頼む。いっひっひ!渋谷の連中が驚く顔が今から目に浮かぶぜ!

池袋フレディ:ちゃんと連れ帰ってから喜んでくれ!さ、さっさと引き上げてもう1度来るぞ!

池袋ジェイソン:ラジャー!

ー2人、意識を失ったティアンとイディアを連れて森の中へ帰っていく。

ーしばらくしてまた森の奥から2人が現れる。

池袋フレディ:あのスタジオに閉じ込めておけばしばらく誰にも見つからないよ!

池袋フレディ:明日のイベントの始まりまでにもう2~3人キャラ立った奴が欲しいね!

池袋ジェイソン:ちょ!あの家の窓見てみろよ!カラフルな髪色で猫耳つけた仮装のヤツがいる!

池袋フレディ:ホントだ!あれはちょっと目立つよな!よし、次はアイツだ!

池袋ジェイソン:ちょっと待て!誰か来たぞ!隠れろ!!

ー2人物陰に隠れる

シャトン:ティーナ、いらっしゃい!ごめんねぇ、呼び出して。

ティーナ:いいのよ!明日の月食祭が楽しみで眠れないなんてシャトンちゃんも随分と可愛らしい所あるのね!(笑)

シャトン:んもぅ!バカにしないでよぉ!あと、他の人には内緒にしてね?

ティーナ:うふふ、わかってるわよ!じゃあ私のハープでゆっくり眠らせてあげるから寝る準備して頂戴ね。

シャトン:ありがとう!……って、ティーナもう仮装してるの!?お姫様みたい!ステキ!

ティーナ:うふふ。明日は人出が多いからシャトンちゃんにちゃんと見てもらえるかわからないじゃない?今のうちに私の仮装見てもらおうと思って。

シャトン:じゃあ私も着替えてから寝る!起きて支度しなくていいし!ちょっと待ってて!!

ーシャトン、寝室に行き着替えてくる

シャトン:じゃーん!どう?

ティーナ:わぁ!可愛い!尻尾も羽根も付けたのね!それにそのステッキ……"獣人の妖精さん"て所かしら?

シャトン:そう!結構派手な色合いの服にしたから髪色もそんなに目立たないでしょ?

ティーナ:うん、とっても似合ってる!明日が楽しみね!

シャトン:うん!

ティーナ:でも……羽根付けてたら寝られないんじゃない?

シャトン:あ、そっか……。まぁいいや、羽根は背負うだけになってるから明日付ける!

シャトン:……ん?なんか外で物音がしたような……。

ティーナ:みんな明日の準備で走り回ってるからその音じゃないの?

シャトン:そっかぁ!ワクワクしちゃってるのは私だけじゃないんだね!うふふ、ちょっと安心した!

ティーナ:じゃあ羽根を外してベッドに横になって?私が子守歌を弾いてあげるから。

シャトン:うん、お願い!

ー外の2人、全ての会話を盗み聞きしていた

池袋ジェイソン:後から来たのはエルフのお姫様だぜ!これはイケるな!俺らの世界にある「夢の国」に出て来そうだ!

池袋フレディ:よし、この2人も連れてくぞ!目立つこと間違いなしだ!妖精は今から寝るみたいだから楽に連れ出せるよ!

池袋ジェイソン:お姫様はどうする?

池袋フレディ:ふっふっふ……。超強力催眠スプレーも持ってるよ!一吹きで5時間は眠らせられる!

池袋ジェイソン:お前、ホントに用意が良いな……。どこでそんなもん手に入れてるんだよ?普通のレイヤーだよな?

池袋フレディ:ま、まぁな(汗)

池袋ジェイソン:妖精が眠ったらお姫様は出て来るだろう。そこで"シューッ"か?

池袋フレディ:その作戦で行こう!

池袋ジェイソン:見つからないようにしないとな!

ー家の中で子守歌を弾いているティーナ。シャトンは気持ちよさそうに眠りにつく

ティーナ:ふふふ、もう寝ちゃった!軍部の仕事も忙しいから疲れてるのね。

ティーナ:明日は思いっきり楽しみましょうね。おやすみなさい……

ーそっとドアを開け外に出るティーナ。

ーそこでいきなり睡眠スプレーを吹きかけられる。

ー声を上げる間もなく眠りに落ちるティーナ。

池袋フレディ:さ、さっさと逃げよう!おっと!妖精も忘れないようにしないと……。

ーその時、不穏な気配を感じてシャトンが身じろぎする。

池袋ジェイソン:やべぇ!妖精が動いた!

池袋フレディ:チッ、しょうがないな。お姫様だけ連れていくか!

池袋ジェイソン:その方がいいな。

ー2人はティーナを担いで逃げ出す。

ーその動きに呼応するかのように今眠ったはずのシャトンが目を覚ます。

シャトン:あっ!ティーナ!大変!

池袋フレディ:やばい!妖精が目を覚ましたぞ!早く逃げよう!

ーティーナを抱えて森に駆け込む2人。

シャトン:こらー!何してるの!待ちなさい!!

ー慌てて逃げる2人を追いかけるシャトン。

池袋ジェイソン:上手くすれば自分から来てくれるぜ!妖精がよぉ!

池袋フレディ:思わぬ収穫だな!さ、急ごう!

ー森の中に入っていく4人。

ーちょうどその時森のそばをクリオが通りかかる

クリオ:仕立て屋さんで話し込んでたら遅くなっちゃった……。

クリオ:可愛い衣装が出来て良かった……って、アレ?今森の中に入っていったのは……

クリオ:知らない人とシャトン?

クリオ:え。この時期に森に行くなんてどういうこと!?

クリオ:神隠しにあっちゃうんじゃないの!?た、大変!!みんなに知らせなきゃ!!

―2番手 完

テルエス:まったく、なんで僕がこんな面倒なこと……。釣りに行こうと思ってたのに……。

アリーンシャ:もう夜ですよ?

テルエス:夜は夜で大物が釣れるって聞いたんだよ。大物用の丈夫な竿を手に入れたんだよね。

アリーンシャ:ああ、その嫌に大きい棒は竿はだったんだ。いつ用意したんですかそんなの。お城にいたときは見なかったですよね。

テルエス:エリスに取り上げられそうだから隠してたんだ。これに獣の肉を付けるんだよ。兎肉とか。

アリーンシャ:……兎ですか。

テルエス:うん、釣り餌は大きい方がいいよね。ヒトくらい。

アリーンシャ:......きっとお祭りも楽しいですよ? そのためにも今はお仕事しましょ? せっかくかわいい妹様に頼まれたんですから。

テルエス:そっちはもっと適任がいるでしょ。

アリーンシャ:そうですか? テルエス様は適任だと思います! タングリスニでの活躍はよく耳にしていました!

テルエス:だからだよ。元とはいえ僕は敵国のトップだよ? その僕に自警団をまとめろって? だからお花畑だって言うんだ。

アリーンシャ:それを言うなら、私だってそうですよ? ここに来る前はタングリスニにいました。一緒ですね! 大丈夫です! 団長さんなら受け入れてくれます!

テルエス:君は傭兵じゃないか。立場が違う。マイナスから始めないといけない交渉なんて……。ああ、めんどくさい。めんどくさいしめんどくさい。めんどくさい。

アリーンシャ:そんなこと言わずに。エリス様も気を遣って私を一緒に付けてくださったんじゃないですか? タングリスニの事情も知ってる私になら、テルエス様も色々とお話しやすいでしょう? ね? がんばりましょう?

テルエス:……なんなんだお前。

アリーンシャ:ん?

テルエス:兎肉のくせに。ペーストにしてトーストに塗ってやろうか。

アリーンシャ:なんで!? ……ん?

テルエス:なにさ、まだ僕に講釈垂れるつもり?

アリーンシャ:……何か来ます。……速い。獣……にしては足音が重い。武装している?

テルエス:どっち?

アリーンシャ:あっちです。

テルエス:数は?

アリーンシャ:おそらく一体。

テルエス:ふーん……、斥候かな。ま、いっか。……えいっ。

―テルエスが爆薬に火を付けて投げる。

アリーンシャ:え、今何をーー。

テルエス:耳、塞いだ方がいいよ。

アリーンシャ:え?

―爆薬が炸裂する。

アリーンシャ:ひゃぁぁあああ!!

クリオ:うわぁぁあああ!!

テルエス:ちっ、外した。

アリーンシャ:テルエス様!?

クリオ:うぅ……、いったい何が……うぁっ!

―テルエスが爆心地に走り込み、目を回しているクリオを押さえつける。

テルエス:無傷か。運が良いね。この先は城だ。知らないとは言わせない。言え。ここで何をしている。5秒黙るごとに末端から切り落とす。

クリオ:ひ、ひぇ……。

テルエス:……3、4……。

クリオ:つ、伝えなきゃ……。

テルエス:誰に、何を?

クリオ:エリスと、テルエス、様に、みんなが……。

テルエス:僕に?

アリーンシャ:クリオさん?

クリオ:……あ、アリーンシャ?

テルエス:……知り合い?

アリーンシャ:はい、たしか今日はイディアさんが月食祭のお手伝いをお願いしてるって。……あの、放してあげてくれませんか?

テルエス:こいつがそのクリオだって保証は? エリス狙いの爆弾犬かもしれない。

クリオ:ク、クリオは犬じゃ......。

テルエス:黙れ犬。刻んで魚の餌にするよ?

クリオ:うぅ、さっきは喋れって言ったのに。

アリーンシャ:匂いはそう簡単に誤魔化せませんから。それに、その、荷物が……。

テルエス:荷物?

アリーンシャ:クリオさんがさっき落としちゃったみたいです。そこに落ちてました。

テルエス:何爆弾?

アリーンシャ:違うよ! なんでそう思考が物騒なの! 仮装用の衣装です!

テルエス:おい、犬。

クリオ:犬じゃない! 衣装を届けようとしたら、みんなが、みんなが森に! だから、伝えなきゃって!

テルエス:……なんだよ。だったら早く言ってよね。貴重な爆弾を無駄にしたじゃないか。

クリオ:言う暇なんかなかったよ!

テルエス:キャンキャン騒がないでよ。ご近所迷惑でしょ。

クリオ:さっきの爆弾は!?

テルエス:あれは静かな爆弾だから大丈夫なんだよ。

クリオ:静かな爆弾って何!? ねえ、アリーンシャ! この人何!? すっごい理不尽なんだよ!

アリーンシャ:あ、あはは......。い、一応、その、皇族様だし?

クリオ:エリスはこんなんじゃない!

テルエス:失礼な犬だな。行くならさっさと行けよ。

クリオ:言われなくても! じゃあアリーンシャ、クリオ急ぐから。アリーンシャも自警団に伝えて。みんなが神隠しに巻き込まれたかもしれないんだ。

アリーンシャ:え、神隠し? なに? どういうこと?

クリオ:お願いね!

―クリオ、城に向かって走り去る。

アリーンシャ:ちょっと、クリオさん!?

テルエス:行っちゃったねー。

アリーンシャ:えー、どうすればいいの? 神隠しって……そんなこと突然言われても……。

テルエス:止める? 五月蠅い方もあるよ。

―テルエスが爆弾を掲げる。

アリーンシャ:やめてください。クリオさんが死んじゃいます。

テルエス:残念。とりあえず、イディアの店に行ってみようか。

アリーンシャ:あ、はい。そう、そうですよね! 行きましょう! 何事もまず状況把握から! 傭兵の鉄則だよね! それにしても……うふふっ。

テルエス:何さ、その笑み。気持ち悪い

アリーンシャ:テルエス様は、なんだかんだ言ってエリス様が大事なんですね! 良いお兄ちゃんです! 普段からもっと素直になればいいのに。

テルエス:……ちっ、だからお花畑だって言うんだ。行くよ。

アリーンシャ:はーい!

―テルエス、アリーンシャ、イディアの店へ。

テルエス:誰もいないね。それにこれは、飲みかけの紅茶かな?

アリーンシャ:周りにも人の気配がない。この時間なら、今日はまだ明日の打ち合わせをしてるはずなのに。まるで、本当に人だけが消えたみたいな……。

テルエス:神隠し、ねえ……。

アリーンシャ:テルエス様?

テルエス:本当に存在するのかな、そんなもの。

アリーンシャ:でも、言い伝えでは……。

テルエス:『秋の夜長(よなが)に誘(さそ)われて、暗き森に踏み入れば、行き着く先は異なる世界、帰りたくとも帰れない…常世の闇は全てを覆う。』

アリーンシャ:あれ、知ってたんですか?

テルエス:子ども用の絵本にも書いてあるようなものだよ。そういうのには随分と触れてないから、忘れてた。

アリーンシャ:そんな……、じゃあ本当にイディアさんは、神隠しに?

テルエス:……気に入らないな。

アリーンシャ:え?

テルエス:アリーンシャ、これ。

アリーンシャ:なんですか? 紅茶?

テルエス:飲んでみて。ちょっとだけね。舐める程度で。

アリーンシャ:え、はい。

―アリーンシャが紅茶を少量口に含む。

テルエス:どう?

アリーンシャ:んー、なんだろう。ちょっと……甘い?

テルエス:君が言うなら、間違いないね。薬だよ。イディアは菓子パンを作っていた。その付け合わせの紅茶に、こだわりのある彼女が砂糖を使ったとは考えにくい。香り高く、より引き立つ紅茶を用意するはずだ。月食祭のために、そういう茶葉を仕入れていたのを知っている。この紅茶を飲んだもう一人が誰かはわからないけど、熱と香りで甘みが紛れたんだね。争った形跡もないから、犯人は見慣れた人物を装っている可能性もあるかな。

アリーンシャ:それじゃあ、もしかしてこれって……。

テルエス:ああ、気に入らない。我が国で、随分と昔から民を拐かしている者がいる。気に入らない。ああ、気に入らない。

アリーンシャ:早く追いかけないと! ああ、えっと、あれ? どうすれば! あ、そうだ! 森! よーっし! 待っててねイディアさんと誰かさん! すぐに行くから!

テルエス:よっ、と。

アリーンシャ:ふぎゃっ!!

―走り出そうとしたアリーンシャの足にテルエスが自身の足を引っかけて転ばせる。

テルエス:あのね、それで君まで消えたら意味ないでしょ。

アリーンシャ:う、う~、は、はにゃ、はにゃが……。

テルエス:とはいえ、時間も情報も足りないし、森に入ってみるのが手っ取り早いのも確かだよね。

アリーンシャ:にゃ、にゃにか考えがあるんでしゅか?

テルエス:釣りをしようと思うんだ。

アリーンシャ:はぇ?

テルエス:釣り餌はさ、兎肉がいいよね。大きい餌がいい。そう、たとえば、これくらいの。

―テルエスがアリーンシャの頭に手を置く。

アリーンシャ:にゃ?

―リシェラの家

―リシェラの家の扉がノックされる。リシェラが扉を開けると、外套に身を包んだエリスが立っている。

リシェラ:すみません、今日の営業はもう終わりで……って、ええ!?

エリス:しっ。邪魔するぞ。

リシェラ:え、ええ。

エリス:突然すまない。まだ騒ぎを大きくしたくないんだ。

リシェラ:何か、あったんですか?

エリス:神隠しだ。

リシェラ:神隠し!?

エリス:静かに。

リシェラ:あ、ごめんなさい。でも、本当に?

エリス:ああ、さっきクリオが城まで伝えに来てくれた。随分と憔悴していて、今は城で休ませているが……。とにかく、君が無事でよかった。

リシェラ:クリオさんが……。そうですか。でも、なぜ私のところに? 自警団の方々は?

エリス:理由はいくつかある。君は客とよく話をしているだろう? 市民から色々な噂を聞く機会も多いんじゃないか? 皆からの評判も良く人気者で、今回の月食祭でも中心的な役割を担っていると聞いている。

リシェラ:ええ、たしかに。仕事中は世間話程度ですけど、皆さんには良くしてもらってますから、比較的情報には明るい方かとは思いますけれど……。

エリス:ならば、調査を依頼したい。これから私も警備の者とは会うが、この月食祭に乗じて怪しい者が紛れ込んでいないか調べてほしい。私が今、このタイミングで信じられる者の中で、一番の適任はおそらく君だ。

リシェラ:そんな、それならイディアさんの方が……。私は軍や警備関係に関してはからっきしですし。

エリス:彼女は消えた。

リシェラ:え?

エリス:今把握している消えた者は、イディア、シャトン、ティーナだ。

リシェラ:そ、それこそ自警団の方々に伝えた方がいいんじゃ……。 エリス様は何を考えているのですか? まさか……。

エリス:まだ確証はない。ないが、恐らくこの神隠しは人為的なものだ。

リシェラ:エリス様は自警団を疑っておられるのですか?

エリス:わからない。ただ、クリオが言っていた。我が兄の偽物に会ったと。

リシェラ:テルエス様の? それは確かなのですか?

エリス:クリオが城に来る途中で殺されかけたらしい。さすがにあのテルエスでも、いや、あいつだからこそ無辜の民に対してそんなことをするとは思えない。このリーベルに、害ある何者かが紛れ込んでいる。

リシェラ:では、テルエス様は、今どこに? いつ入れ替わったのですか? そんな素振りは……。

エリス:クリオと接触したタイミングを考えるに、私が……私があいつに自警団の取りまとめを頼んだときには、もう入れ替わっていた可能性が高い。クリオが偽テルエスと接触したとき、傍らにアリーンシャがいたそうだ。彼女が助けてくれた、と。

リシェラ:では、アリーンシャちゃんも?

エリス:恐らくは……。それが何者かに擬態するものなのか、他人に憑りついて意のままに操る類のものなのか。どちらにしても、もしそれが既に自警団に接触していたとするならば、今自警団に口実を与えるのは危険だ。

リシェラ:そんなの、それこそ私には荷が重いですよ! 私戦えないですし!

エリス:大丈夫だ。君に戦わせたりはしない。君には別のことをしてほしい。君なら適任だ。

リシェラ:そ、それは……さっきも言ってましたけど、なんですか?

エリス:歌ってほしい。

リシェラ:へ?

エリス:突発で前夜祭を開くぞ、リシェラ。相手が祭に乗じて戦いを仕掛けてくるなら、こっちから引きずりだしてやろう。

―月食祭 前夜祭 ゲリラライブ会場

マズダー:ティアンの奴、本当に消えちまいやがった。俺にどうしろっつーんだ? 魔法どころか、異世界がどうのなんてもん、俺にはわからんぞ。......あー、あっちの方の山に穴開けたら、世界の扉みたいなのが開いたりすんのかねぇ。

―マズダーが辺りの捜索をしつつうろついていると、月食祭の開催を待つばかりとなったはずの会場に人が集まり始めている。

マズダー:なんだ? 騒がしくなってきたな。祭は明日だって聞いてるが。

リシェラ:皆さーん! 明日の月食祭に向けて色々準備してくれて、ありがとうございまーす! 明日はいよいよ本番です! 盛り上がってますかー!

―興味深げな民衆がザワついているが、まだ多くは困惑している。

リシェラ:......え、えーっと、うん、そうですよね。わけわかんないですよね。でもでも、明日が楽しみでまだまだ眠れない悪い子たちも多いはず! そんな今日までがんばってくれた人たちのために、エリス様が前夜祭の開催を許可してくださいました! 改めてご紹介いたしましょう! 我らリーベルが誇る気高き一輪の白百合! エリス=オーベル殿下です!

エリス:......。

リシェラ:……あれ、エリスさん? エリスさーん? おーい! どうしたんですかー? ここでやっぱやめるはないですよー。エリス様が言い出したことですよー。私一人にやらせる気ですかー?

エリス:待て! いや、わかっている。わかってはいるが、これは......。

リシェラ:仕方ないじゃないですか。それしか間に合わなかったんですから。後3秒で出なかったら明日出す新作ケーキのモデルにしちゃいます。さーん、にー、......。

エリス:なんだそれはっ! ……わかった! ……くぅっ!

―犬のコスプレをしたエリスが舞台に上がる。

リシェラ:かわいいです! エリス様!

エリス:ば、バカにしているのか!

リシェラ:そんな、本心ですよ? どうですか皆様! 我らが皇女様のこの愛らしい姿! 明日は私のお店でこのお姿を再現したケーキを出しますが、ホンモノは今日までです! 存分に目に焼き付けてくださいね!

エリス:待て! 話が違う!

リシェラ:違いませんよ。3秒経ってましたから。

エリス:くっ、そもそも私がやる必要は……。

リシェラ:しー、ですよ、エリス様。

エリス:リ、リシェラ?

リシェラ:接客の基本は雰囲気作りから。お客様から本音を引き出すには、まずは私たちがかくあれと示さなくてはなりません。私、お仕事はしっかりやらせていただきます。でも、あなたが私に望んでくれたように、私じゃダメなことだってあるんですよ。だから、ね?

エリス:……すごいな。私の友人たちは。

リシェラ:あら、知らなかったんですか? もっと頼ってください。でも今は……エリス様、楽しみましょう。お祭、なんですよ? 体裁なんて気にしている場合ですか? 大丈夫、私もちゃんと見ていますから。

エリス:わかった。そっちは頼む。

リシェラ:ええ、任せてください。とりあえず、ほら、みんなが戸惑ってますよ。

エリス:……皆、月食祭の準備、ご苦労だった。とはいえ、明日が本番だからな。酒を出せないことについては勘弁してほしい。まさか私もこんなことをするとは思っていなかったが、せっかくだ。祭の成功のため英気を養ってほしい。長々とした口上はなしだ。ここに、月食祭前夜祭の開催を宣言する!

リシェラ:はいはーい! 明日の新作ケーキもよろしくお願いしますねー! タイトルは「秋の夜明犬(よあけん)」です!

エリス:やっぱりバカにしているだろう!

―エリス、リシェラが立つ舞台を中心に、笑いが広がり始める。

―前夜祭が始まってしばらく、舞台で歌を披露するエリスにリシェラ、思い思いに飲食をする人々を少し離れた場所からマズダーが眺めている。

―マズダーの後ろからテルエスが近付いてくる。

マズダー:異世界、ねえ。そんなに良いものか? 俺はこっちの方がずっと良いと思うがな。異世界のことなんて知らねえから、比べられるもんでもないかもしれないが、一つ言えるのはこの光景が所謂眼福ってやつには違いない。そうだろう?

テルエス:それは僕に聞いているのかい?

マズダー:まさか、独り言だ。

テルエス:女の子を見て眼福とか言っちゃうおっさんってだいたい娘には嫌われてるよね。

マズダー:俺に娘はいねえ。俺を貶したつもりなら、その言葉は無意味だぜ。

テルエス:まさか、独り言だよ。

マズダー:ちなみに、あの王女さんの格好はお前の趣味か?

テルエス:なんでみんな僕のせいにしたがるのさ。僕だったらもう一癖加えるね。

マズダー:そういうところだろ。それで、何の用だ?

テルエス:何も? 同じ異邦人みたいだから、何か困ってたら力になれないかと思ってね。

マズダー:なるほどなあ、殊勝な心掛けだと褒めてやりたいところだが、カマをかけるつもりならまずそのナイフを下ろせ。

テルエス:おっと、ごめんごめん。つい癖で。

マズダー:出会い頭に刃物を向ける癖があって堪るか。さすがにわかってきたが、この大陸でも会って早々に切りかかってくるのはティアンかお前くらいのものだぞ。

テルエス:君、僕に会ったことがあるの?

マズダー:記憶喪失の真似事はやめろ。笑えねえ。回りくどいやり方をするな。前はもっと……おい、お前まさか……。

テルエス:え、ああ、うん、前ね。うんうん、あの時は大変だったよねー。

マズダー:……まあいい。とりあえず、座ったらどうだ? 今日は祭なんだろ?

テルエス:そうしたいのは山々だけど、今は釣りの途中でさ。

マズダー:こんなところでか? リーベルってのは不思議な国だな。何が釣れるんだ?

テルエス:うーん、そうだなあ。異界に住む兎好きの変態とか?

マズダー:なんだそりゃ。兎好きは別に変態じゃねえだろう。……さて、俺はそろそろ行くかね。

テルエス:おや、もう行くの? もうちょっと話したかったのに。

マズダー:あんまりもたもたしてるとまた文句言われそうだからな。……ああ、そうだ。せっかく会ったんだ。お節介かもしれないが、誤解されたくないならお前はもっと素直になった方がいいぞ。王女さんが大切なら、あんまりフラフラせずにしっかり見ておいてやれ。二兎を追う者は一兎をも得ず、とも言う。特に、これからあっちの山にトンネルができるからな。うろちょろしてたら巻き込むぞ。

テルエス:……どういう意味?

マズダー:どうも何も、そのままの意味だが。

テルエス:待ちなよ。

―テルエスが再度ナイフを構える。

マズダー:あ?

テルエス:もうちょっと話を聞かせてもらえないかな? 大丈夫、早ければ2、3本で済むよ。

マズダー:……なんでそうなる? 言うことなんかないんだが。

―エリスとリシェラは村のお調子者に壇上を空け渡し、会場を一巡して周る。

リシェラ:エリス様。

エリス:リシェラ、早いな。どうだった?

リシェラ:会場に怪しい人はいませんでした。

エリス:そうか。何もないに越したことはないが、あてが外れたか。手がかりくらいは見つかると思ったが……。

リシェラ:あの……エリス様?

エリス:ん? どうした?

リシェラ:その、気のせいかと思うんですけど……。

エリス:なんだ、歯切れが悪いな。何か気になるものがあったか?

リシェラ:実は……さっき檀上から、人垣の奥にテルエス様が見えた気がしたんです。本当にちらっとで、もう一度よく見たらただの長い棒だったから、見間違いかと思っていたんですけど……。

エリス:テルエスが? どこだ?

リシェラ:あっちです。

エリス:そうか、夜だからな。木や屋台用の木材を人と見紛うこともあるか。

リシェラ:はい、……ただ、あっちってイディアさんのお家があるんです。私もついさっき気が付いて……。

エリス:……なるほど、たしかに気になるな。現状他に手掛かりがない以上は調べてみるしかないか。

リシェラ:すみません。偉そうなこと言っておいて、私ももっと早く気が付けばよかったんですけど……。

エリス:いや、教えてくれてありがとう。大丈夫だ。まだ時間はある。行こう。

―月食祭会場 外れ

―テルエスが折れたナイフを眺めながら呟く。

テルエス:君、ホントに人間なの?

マズダー:……。

テルエス:タングリスニからの攻撃……というのも違和感があるけど、あんなところで寛いでたのは、次のターゲットを物色してたってことなのかな。

マズダー:……おい。

テルエス:……とは言っても、これじゃ僕の手には負えないよ……。なんで僕が…………あれ?

マズダー:おい。

テルエス:うーん……?

マズダー:意外と余裕がないじゃないか、テルエス。

テルエス:うん、そうだよね。何を真剣になってるんだろう。あーあ……、そろそろ認めろってことなのかなあ。

マズダー:いや、読めたぞ。思えば最初から不自然なところがあったな。

テルエス:ゴチャゴチャうるさいよ。人が考え事してるときは静かにしろって教わらなかった?

マズダー:誤魔化そうとしても無駄だぜ。不自然に警戒していたり、記憶喪失の真似事をしたり、何より何故利害が一致するはずの俺の邪魔をする。いつものおふざけかとも思ったが、そんな風にも見えん。そして、俺のことも覚えていない……いや、そもそも知識にないわけだ。それなら説明がつく。お前、テルエスじゃないな? そろそろ本当の名を教えてくれると嬉しいんだがな。

テルエス:名前、かあ……。それを名乗るには、まだ負い目があるんだよね。あえて言うとしたら……そうだな、ずっと昔に遠い地で死んだ皇子の亡霊、かな。

マズダー:ほぅ、なるほどな。その体を動かしているのは後悔の念というやつか。それで、その皇子の亡霊が何の目的でこんなことをしている?

―マズダーは神隠しのことを言っている。

テルエス:そんなの決まってる。あるべき者をあるべき場所に帰して、長い歴史の誤った認識を正す。

―テルエスは神隠しのことを言っている。

マズダー:過去の亡霊ごときがまた随分と勝手なことを言うじゃないか。今さら指導者気取りか? 民は望んでないかもしれないぞ?

―マズダーは目の前の男が神隠しの犯人だと思っている。テルエスのことは覚えている。

テルエス:勝手はそっちでしょ。望まれぬとも、ここは僕の国だ。民を返してもらう。

―テルエスは目の前の男が神隠しの犯人だと思っている。マズダーのことはど忘れしている。

マズダー:……。

テルエス:……。

マズダー:はぁ、めんどうなことになった。気付かなきゃ一人でよかったのになあ。

テルエス:馬鹿を言うなよ。一人だって許すわけないでしょ。

マズダー:そうは言うがな、古の皇子さんよ。さすがに俺が有利だろ。

テルエス:ナイフが折れたって心は折れないもん。

マズダー:もん、ってお前……。

テルエス:娘に臭いって言われてそうなおっさんには負けない。

マズダー:おっさんじゃねえ。俺は二歳だ。

テルエス:やーい、青二才。

マズダー:お前はテルエスか?

テルエス:殺すよ?

マズダー:じゃあ、いいのか? 俺が、そのお前がずっと背負ってるデカい釣竿をぶち折っても。

テルエス:それはずるくない? 違うじゃん、それは。それは違うじゃん?

マズダー:そんな如何にもな感じで背負ってる方が悪いだろ。糸も森に向かって伸びてるしな。どうせ、それが何かの要なんだろ?

テルエス:命綱だよ。狙われるなら僕も形振り構っていられなくなる。

マズダー:ほぅ、命綱と来たか。ますます興味が出てくるな。つまり、この先にお前にとって重要なものがあるってことか。言ってよかったのか?

テルエス:言わなくてもどうせ同じでしょ。元々不自然に見えるのは承知だよ。ただの命綱だと思うなら好きにするがいいさ。やらせないけどね。「聞け。仮称、蒼眼の皇子。血煙から出で諸共焼き滅ぼせーー」

マズダー:遅いっ!

―マズダーがテルエスに肉薄し剣を振るう。テルエスはかろうじて避ける。

テルエス:ちっ、やっぱり無理だよこんなの。あ、ごめん、ちょっと待って。何か聞こえない?

マズダー:時間稼ぎには乗らねえぞ。

テルエス:本当だって! お願い! ちょっとでいいから!

マズダー:あー?

―マズダーが黙ると、木々の間から声が聞こえてくる。

エリス:『…穏やかに、艶(あで)やかに、生まれ出ずる其(そ)はそこにあり。いずれ至る彼方を目指して吹きすさべーー。』

マズダー:なんだ? 呪文か?

テルエス:ちょっとちょっと、それは洒落にならないって!

―テルエス、懐から爆薬をバラバラと取り出す。

マズダー:あ、てめぇやっぱりーー

テルエス:言ってる場合かよ!

エリス:『ーー殺せ。乱流「死出の旅路」』

―森の中

―アリーンシャが暗闇の中を彷徨っている。

アリーンシャ:うーん……、暗いよー。怖いよー。ここどこー? ねー、誰かいないのー?

―アリーンシャの声は暗闇の中を当て所もなく木霊する。

アリーンシャ:……なんて、これで答えてくれるなら苦労しないよね。でも、どうやって探せばいいんだろう。真っ暗で何も見えないし……なんか変な風が吹いてて不気味だし……心なしか、ルナも震えてるような気がするし……。引き返したら…………、ダメだよねぇ……テルエス様からの合図もないし。せめて月明かりがあれば怖くないのに。

―アリーンシャ、立ち止まって頭を垂れるが、すぐに立ち直って空を見上げる。

アリーンシャ:ダメダメ! 弱気になっちゃ! こうしてる間にも皆だって怖くて助けを待ってるんだから! 大丈夫! 月明かりがなくって私には自慢の…………ん? ……今日って月、出てなかったっけ?

―アリーンシャは改めて耳を澄ませる。

アリーンシャ:もしかして、この風……。よし、決めた。糸も切れてないし、もうちょっと奥に行ってみよう。

―森の中

―エリスはボロボロになったテルエスを魔法で縛り上げ胡乱な目をしている。

エリス:爆風で私の風の威力を逸らしたか。器用なことだ。あれを食らって無傷とは。

テルエス:よく見て。無傷じゃないから。仮にも兄に向かって、あの魔法はダメでしょ。死んじゃうよ?

エリス:自問してみるがいい。お前たちの話は聞かせてもらった。私はお前を侮ってはいない。

テルエス:うーん……、あ、エリス殿下、可愛い格好だね。惚れ直しちゃうよ。

エリス:ふんっ、テルエスは私に可愛いなどとは言わん。偽物め。

テルエス:そこまで根に持たなくていいだろうに……。

エリス:それで、この釣糸が命綱だと?

テルエス:うん、アリーンシャのね。

エリス:なに? アリーンシャの?

テルエス:あ、ダメだよ引っ張っちゃ。

エリス:何故だ。

テルエス:何故って、戻ってきちゃうから。せっかく送り出したのに。

エリス:送り出した、だと? やはり、お前が元凶か。

テルエス:なんでそうなるのさ。あー! だから、ダメだって!

エリス:何故私がお前の指図を聞かねばならない。黙っておとなしくしていろ。リシェラ、調べてくれ。

テルエス:……うーん、今、何回引っ張ったかな。

―森の中、異世界への入り口

アリーンシャ:ここだ。この大きな木のうろ。この奥から、リーベルのものとは違う風が吹いてきてる。それにしても……。

―耳に手を当て、木のうろを覗き込んでいたアリーンシャは数歩下がって、木を見上げる。

アリーンシャ:大きな木だなあ。よくこれまで見つからなかったよね……。っとと、いけないいけない。テルエス様に合図しなきゃ。えっと、異世界の入り口を見つけときは何回引っ張るんだっけ……、んーっと……あれ? テルエス様も糸を引っ張ってる? あ、合図だ! えっと、この引っ張り方は……、「敵発見」……「命の危機」……「殲滅求む」……? 大変! すぐに行かなきゃ!

―アリーンシャ、釣糸を手繰りながら走り出す。

―森の中

エリス:それで、そちらの方は? 大人しく縛についたようだが、ここで何を?

マズダー:マズダー、旅人だ。恐らく神隠しにあったらしい友人を探している。そうすると、そこのテルエスが不審な動きをしていたものだから、こちらとしても調べるところだった。協力するから、拘束を解いてくれないか?

リシェラ:この方、前夜祭でも見かけました。集落にもお連れの方としばらく滞在しているみたいですけど、リーベル由来の問題と繋げるには少し苦しいかと。

エリス:なるほど。釣糸の方は?

リシェラ:釣糸はたしかに何者かに繋がっているようです。森の深いところまで続いているようですけど、反応はありました。

エリス:つまり、テルエスが言う通り、この糸を辿って行けばアリーンシャがいる可能性もあるということか。テルエス、アリーンシャに何をした?

テルエス:もう完全に悪者だよね僕。ただ、餌に使っただけだよ。

エリス:餌だと? 貴様、人のことをなんだと……。

リシェラ:アリーンシャちゃん……。

テルエス:うん、まあ、すぐに会えるよ。たぶん……。どうなっても僕は悪くない。うん。

エリス:どういう意味だ。

―森の奥からアリーンシャの声が聞こえてくる。

アリーンシャ:まーーーーーてーーーーーーっ!!

エリス:なんだ?

テルエス:ああ、ほら、噂をすれば。

アリーンシャ:ついに見つけたよ! テルエス様、今助けてあげますからね! ルナバースト!

―突然切りかかって来たアリーンシャをエリスは剣で受ける。

エリス:なっ、アリーンシャ!? 何故攻撃する!

アリーンシャ:え、エリス様!?

リシェラ:あ、アリーンシャちゃん?

アリーンシャ:リシェラさんまで? どういうこと? テルエス様?

テルエス:あー、うん。まあ、ほら、なんというか、うん。僕もよくわかんない。

マズダー:なるほどな、兎好きの変態ってのはこういうことか。テルエスのデカい釣竿はこうやって女を釣り上げるためのものだったというわけだ。

テルエス:なんか悪意ない? その言い方。

リシェラ:本当に、アリーンシャちゃん? どうして? 神隠しにあったんじゃ……。

アリーンシャ:どうしてって、そりゃ、私はテルエス様と糸で繋がってるから。

リシェラ:赤い、糸で? そんな、大胆……。

テルエス:今色言った?

エリス:こうなった以上仕方ない、一度拘束させてもらう。すまない、アリーンシャ。

―エリスがアリーンシャを魔法で拘束しようとするが、避けられる。

アリーンシャ:な、なにするんですかエリス様! 私悪いことしてません!

エリス:君の中ではそうなんだろう。なんとも悍ましい手口だ。話は後で聞かせてもらう。

アリーンシャ:そんな、せっかく入り口を見つけたのに……。

―アリーンシャは改めてボロボロのテルエスを見て何かを察する。

アリーンシャ:そうか、わかった! このエリス様とリシェラさんが偽物ってことなんですね! そうですよね、テルエス様!

テルエス:あー、うん……そうかも?

アリーンシャ:わっかりました! 殲滅します!

エリス:ちっ、リシェラ、下がれ。

―エリス、アリーンシャが向き合って双方剣を構える。

アリーンシャ:むむむ……隙が無い……。偽物さんのくせにぃ。

エリス:……。

テルエス:うん、これはよくない。アリーンシャ、入り口を見つけたんだよね?

エリス:入り口?

アリーンシャ:え? うん。でも、テルエス様から救援要請があったから戻ってきました。

テルエス:よし、じゃあこうしよう。

―テルエス、拘束を解いて、ありったけの煙玉と閃光爆弾を足元に落とす。

エリス:なっ、貴様、いつの間に拘束を!

テルエス:何回もやられたら覚えるって。辿っておいでよ。そしたら全部わかると思うから。とりあえず、目は閉じた方がいいよ。

―閃光爆弾が断続的に炸裂し、森の中を白に染め上げる。その間にテルエスは煙に紛れる。

エリス:くっ! こんなもので……。

アリーンシャ:ぎにゃぁぁぁああああ! め、目がぁぁぁああああ!

テルエス:何やってるのさ。逃げるよ。道案内してよね。

―テルエスがアリーンシャの首根っこを捕まえて走り去る。

アリーンシャ:にゃ? んにゃぁぁあああ!? なにーー!? なんで今日こういうのばっかりーー!?

―3番手 完

―現実世界の池袋ハロウィンイベントにて

ティアン:さぁ、次の方どうぞ〜!

ティアン:あ、お母さんも一緒に?大歓迎だよ!

イディア:え?あっちで撮影ですか?

イディア:このエリア以外での撮影は許可されていないので……

イディア:申し訳ございません……

シャトン:ああ、この髪?と、当然ウィッグだよ!地毛をこんなに染めたら傷むじゃん!

シャトン:あっ!こら!ひっぱるな!イテテ……!

シャトン:いや、なんでもない!

ティーナ:そちらの方!撮影ブース以外での撮影は今はやめて貰えますか?

ティーナ:後でパレードに参加するのでその時になら存分に撮影してくれて構いませんよ?

池袋フレディ:……4人ともやけに乗り気だな……

池袋ジェイソン:無理やり拉致って来なくても話せば協力して貰えたかもしれないね……

池袋フレディ:俺だってまさかヤツらがこんなに協力的だと思ってなかったよ!

池袋ジェイソン:むしろ俺らより楽しんでないか?

池袋フレディ:……なんかそんな気が……

池袋フレディ:あ?はい!一緒に撮影ですね!どうぞどうぞ!

池袋ジェイソン:あ、俺も一緒にすか?わかりました!じゃあ怖がってる顔してくださいよ?

池袋ジェイソン:はい、チーズ!

―撮影会終了後

ティアン:いやあ、結構楽しいね!異世界の月食祭も!

シャトン:こっちじゃ”ハロウィン”っていうらしいよ?

ティアン:名前なんかなんだっていいじゃん!

ティーナ:……いきなり目が覚めたら倉庫に居た時はどうしようかと思ったけど……

ティーナ:こんなに喜んで貰えるイベントに参加するだけなら大歓迎だわね。

イディア:……でも、リーベルの皆さんは心配しているのでは……?私たちが急に居なくなってしまって……。

シャトン:けど、今までの神隠しもこっちの世界に連れてこられてただけって分かって少し安心したね。

ティーナ:それはあるわね。帰ったらそれをみんなに説明すればいいだけだし。

ティアン:でも、どうやって帰るの?

シャトン:ハロウィン期間中はこっちの世界とリーベルの森が繋がってるみたいだから、フレディさん?に聞いてみれば分かるんじゃないの?

ティアン:それもそうだね!リーベルの月食祭が終わる前には帰りたいなぁ……。

ティアン:あっちの祭も楽しみたいしね!

イディア:そうですよ!月食祭の為に色々準備してたんですから!

シャトン:じゃあパレードが終わったらすぐに帰ろうか!

ティアン:やった!2回もお祭りを楽しめるなんて、アタシ達お得じゃない?

イディア:そんな呑気な事を言ってて大丈夫なんですかね……?

―池袋フレディと池袋ジェイソンが4人を迎えに来る

池袋フレディ:そろそろパレードが始まるので移動してもらえますか?

ティーナ:分かったわ。でもパレードが終わったらすぐ私たちを元の世界に帰らせてね?

池袋フレディ:わかりました!皆さんのご協力のおかげで例年よりイベントも盛り上がってますし!

池袋ジェイソン:取材記者の数も断然渋谷より多かったしな!

池袋フレディ:……まさか、渋谷に偵察に行ったの?

池袋ジェイソン:当たり前だろ!「打倒渋谷」の為にこうして異世界から映える(ばえる)キャラを拉致して来たんだから……

ティアン:わざわざ拉致なんかしなくても、ちゃんと事情を話してくれたら良かったのに……

池袋フレディ:すみません……。まさかこんなに楽しんで協力してもらえるとは思わなかったんで……。

(頭をかく)

池袋ジェイソン:さ!早く移動して!パレードが始まっちまうよ!

池袋ジェイソン:また取材陣が大勢いるはずだからよろしくたのむよ!

ティアン:おっけー!任せて!

ティーナ:……でも、奇抜な格好をした人は他にもたくさんいるのに、なんで私たちを?

池袋フレディ:それは……なんて言うか、異世界人のあなた達は雰囲気からして違うから……。

池袋ジェイソン:そうそう!本物感があるんだよな!

イディア:……とにかく終わったらすぐに帰らせて下さいね?私たちの世界でもイベントを楽しみにしてる方々が大勢いるのですから……。

池袋フレディ:分かってますって!ちゃんとお送りしますよ!

池袋ジェイソン:おい!話は後だ!みんなもう待機場所に集合してるぞ?

シャトン:……なんでもいいからさっさと終わらせて、帰ろうよ……。

―一同揃ってパレードの待機場所へ急ぐ

―間―

シャトン:こんなに注目されてイヤな気分にならなかったのは初めて……

ティーナ:シャトンちゃんが楽しめたなら良かったわ!

シャトン:べ、別に楽しんでたワケじゃない!

ティアン:え、アタシは楽しかったよ!

シャトン:ティアンは呑気だね……

イディア:私は発酵させてるパン種が心配です……。あとは焼くだけにして来たのですが、月食祭に間に合うかどうか……(ため息)

ティーナ:さ、フレディさん!私たちを元の世界に帰らせて!

池袋フレディ:わかりました!ご協力ありがとうございました!

池袋ジェイソン:掲載されたメディアを見て貰えないのが残念だがな……。

シャトン:そんなのどうでもいい!早く帰りたい!

池袋フレディ:わ、分かりましたよ!さ、こっちです。あなた達の世界への通路があるのは……

池袋ジェイソン:お疲れ様!また来年も来てくれよな!もっと奇抜な格好してくれたら嬉しいぜ!

ティーナ:こっちも忙しいんですよ!わがまま言わないで!

池袋ジェイソン:おっと、ちょっと調子に乗り過ぎたかな?とにかく助かったよ!元気でな!

―池袋フレディの案内で帰路につく4人

ティアン:まぁ、あの異世界人も悪いヤツらではなかったね!良かった!

シャトン:そうだね。土産話も出来たし神隠しの謎も解けたしめでたしめでたしってことで。

ティーナ:来年からは神隠しはなくなるわね。

ティーナ:代わりに依頼が来るかもしれないけど……。

イディア:私はとにかく早く帰ってパンを焼かなくてはなりません!リーベルの皆さんが楽しみにしてくださってるのですから!

―4番手 完

ティアン:そうじゃん、新作パン!…あ、手伝ったら食べさせてくれる?

イディア:…考えておきます。

ティアン:やったぁ!約束だよ!

イディア:ちょっと、ティアンさん!?約束はしてませんよ、考えると言ったんです!

ティーナ:でも、フレディさん達もよくこの道を歩いてこれたよね。

シャトン:そうね…この灯りがなければ恐らく真っ暗で何も見えないだろうし…

―シャトン、池袋フレディから貰ったジャック・オー・ランタンの灯りを掲げる。

ティーナ:それ、キレイなランタンだよね。カボチャをランタンにするっていうのも斬新で面白いなぁ。

シャトン:これは…ぷらすちっく製、って言ってたけど、実際にカボチャをくりぬいて作ったりすることもあるみたいだね。

ティーナ:へぇー!シャトンちゃん詳しい!いつの間にそんな話してたの?

シャトン:別に、町中至るところにカボチャの顔が飾られてたら気にもなるでしょ。

ティーナ:そっかぁ。…でも、今回はシャトンちゃんも楽しめたみたいで良かった。

シャトン:いや、だから別に私は楽しんでたワケじゃ―

ティアン:良いじゃん!そんなにケチケチしなくたって―

―シャトンが照れてティーナに反論しようとしたタイミングで、イディアと言い合っていたティアンがシャトンにぶつかる。

シャトン:きゃあっ?!

ティアン:うおっ?!

―シャトンが持っていた灯りが地面に落ち、反動で電池がずれてしまったのか、一気に辺りは闇に包まれた。

イディア:あーもう!何やってるんですか!

ティーナ:シャトンちゃん、ティアンさん、大丈夫?

シャトン:平気、ちょっとぶつかっただけだし。

ティアン:アタシも大丈夫~。

ティーナ:良かったぁ、2人とも怪我はなさそうね。

イディア:ティアンさん、ちゃんとごめんなさいしましょうね。

ティアン:ごめんなさい…。

シャトン:気にしないで、私も周りを見てなかったし。

ティーナ:でも、これからどうしよう。周りは真っ暗で歩いてきた道がどっちかも分からないし…。

ティアン:んー…実はこの通路に入ってからずっと考えてた事があるんだけど、言っても良い?

イディア:どうぞ?

ティアン:この状況って、まさに『常世の闇は全てを覆う』だよね?

イディア:それって神隠しの…!まさか『帰りたくても帰れない』って、灯りがないと帰れないって意味ですか?!

ティアン:その可能性は高いかもよ。…それに疑問は他にもある。実際これまで月食祭で行方不明になった人達は、異世界のハロウィンというイベントに参加してただけだったわけだけど、その人達は何故かリーベルに戻ってこなかった。それは何故だと思う?

ティーナ:えっと…帰ってくるつもりだったけど、帰ってこれなくなった?

ティアン:そう。ちなみにシャトン、私がどうやって帰るのか聞いた時、シャトンは何て答えた?

シャトン:ハロウィン期間中はこっちの世界とリーベルの森が繋がってるみたいだから…って、まさか―。

ティアン:…ハロウィン期間が終わってしまった場合、この通路で立ち往生してる我々はどうなってしまうんだろうね。

―リーベル、暗き森の中

リシェラ:こっちにも居ません!

エリス:くそっ…逃げ足の早い奴め。何処に行ったんだ…

リシェラ:リーベルの森を把握しているエリス様を煙に巻くなんて…偽物は長い間テルエス様と入れ替わっていたのでしょうか…

エリス:長期間欺かれていたなんて考えたくはないが、その可能性も…。

リシェラ:アリーンシャちゃん…無事かしら。

エリス:アリーンシャは私の事を「偽物さん」と言っていた。きっと彼女は純粋だから、兄の偽物に良いように騙されてしまったんだろう…早く助けなくては。

マズダー:あっちには居なかったぞ。

エリス:ありがとう、マズダー殿。助かるよ。

マズダー:いや、俺としても助かったぜ。友人を探したくても何の手がかりもなく、途方に暮れていたところだったからな。テルエスの偽物をふん縛って問い詰めれば何かの糸口にはなるだろ。

エリス:やはりあのテルエスは偽物…。しかしそうなると本物のテルエスは何処に?そもそも姿形、声まで変えられても、我々にバレないようにするには身を隠し、潜む場所が必要だ…。

リシェラ:潜伏できる場所、ですか…。雨風を凌げて、人目につかなさそうな…

マズダー:となると、洞穴とか木のうろとかか?…あんな感じの。

エリス:こんなところに大樹があったとは…。

リシェラ:え、エリス様も把握されてなかったんですか?

エリス:ああ。にしても、かなり立派な大樹だな。幹もこんなに太い…長い時をここで過ごしてきたんだろう。

リシェラ:この木のうろなら、成人男性が一人くらい楽々入れそうじゃないですか?

エリス:確かに…少し中を―

マズダー:―いや、待て。

―マズダー、エリスの肩を掴んで制すると、うろの中を見通した。

マズダー:こいつぁ、ただの木のうろって感じではなさそうだぜ。

エリス:マズダー殿?どういう意味だ?

マズダー:奥行きが全く感じられねぇ。いくら幹が太くても、手を伸ばせば内壁に触れるはずだろ。それなのに、この中で一番腕が長い俺ですら…

―マズダー、言いながら木のうろに腕を突っ込むが、その手は空をきる。

マズダー:…な、変だろ?となると答えは簡単、大方ここが異世界に通じる道ってわけだ。

エリス:この木のうろが異世界の入り口…?!

リシェラ:確かに分からなくもないですね。このうろの中…明かりがないと真っ暗で右も左も分からなくなりそうですし…

マズダー:なるほど、『常世の闇は全てを覆う』…こいつの事か。

リシェラ:それにその前の節の『帰りたくても帰れない』というのは、「常世の闇が全てを覆ってしまうので、明かりがないと帰りたくても帰れない」という意味かもしれません。

マズダー:そんな安直かねぇ。

エリス:(少し考え込んで)…リシェラ、マズダー殿、2人に折り入って頼みがある。

―異世界からの帰り道

イディア:大変!早くリーベルに戻らないと…でもどうしたら…!!

シャトン:落ち着いて。こういう時は冷静さを失うのが一番の悪手よ。

イディア:そう言われましても、持っていた明かりは消えてしまいましたし…

ティーナ:じゃあ、魔法で明かりを灯してみるのはどうかしら?月食祭では魔法で月のランプに明かりを灯すんだし。

シャトン:なるほど、それは良い考えだ。

イディア:では、早速お願いします!

シャトン:え…?私は魔法使えないけど。イディアは魔法使えないの?

イディア:私は使えませんよ。ティアンさんは…?

ティアン:アタシも使えないよ。でもティーナさんは魔法使えたよね?

ティーナ:私はハープを使う魔法なら…

イディア:ってことは誰も明かりを灯せないの?!

シャトン:あー…これは盲点だった。

ティーナ:ふりだしに戻ってしまったわね、もう一度考えてみましょう。

ティアン:ただ、気になるのは吟遊詩人の歌が伝承と一緒に伝わってるってことなんだよなぁ…。真っ暗で何も見えない状況に陥り、帰れなくなったけど、吟遊詩人はちゃんと戻ってきてる。ってことは何かしら方法が…

シャトン:…!何か聞こえない?

ティーナ:え?

ティアン:あ、あそこ!何か近付いてくる…

クリオ:お~い…みんなぁ…!

―クリオ、月のランプを抱えながらテトテトと走ってくる。

イディア:クリオさん!

クリオ:良かったぁ、皆無事だったんだねぇ。

ティーナ:はい!色々ありましたけど、皆怪我ひとつしてませんよ。

クリオ:そっかぁ。シャトンったら知らない人を追いかけて森に走っていくんだもん…クリオ、ビックリしちゃった。

シャトン:ごめんなさい。あの時は必死で…

クリオ:でも、シャトンはティーナ達を助けに行ったんでしょ?なら仕方ないよぉ。

ティアン:というか、クリオさんはどうしてここに?

クリオ:エリスに頼まれて迎えに来たんだ。…でも、お迎えに来たのはクリオだけじゃないんだよ。

イディア:え?でも…ここにはクリオさんしか居ませんよね?

クリオ:こっちこっち、来てみたら分かるよ。

―クリオ、イディアの手を引いて道を進んでいく。

シャトン:?あれは…明かり?

ティーナ:うわぁ…!!

―4人が暗き森に出ると、そこには沢山の月のランプが置かれており、周りの木々の枝や幹にもくくりつけられていた。

ティアン:すごーい!森の中が星みたいに輝いてる!!

クリオ:みんなで飾り付け頑張ったんだ。

シャトン:みんな?

クリオ:そう。エリスが月食祭の前夜祭を開いてくれてね、リシェラが参加者のみんなに声をかけたの。

イディア:前夜祭…ですか?

クリオ:うん。リシェラがね、伝承にある『帰りたくても帰れない』っていうのは、常世の闇に覆われるからじゃないかって言ってたから、みんなで月のランプに明かりを灯して廻ってるんだ。

ティーナ:それでこんなに森の中が明るいんですね…!

クリオ:そうなの。その途中でエリスに異世界の入り口を見つけたって聞いたから、飾り付けはみんなに任せてクリオが迎えに来たんだよ。

イディア:ここ、大樹のうろが異世界に通じる道だったんですね…。

クリオ:そこは扉を設置した方が良いかもね、迷い込む人がいたら大変だもん。

シャトン:それと…内側には明かりとポストもね。

クリオ:ポスト?郵便物が届くの??

ティーナ:多分今後は異世界から依頼が来ると思うから。

クリオ:?どういうこと??

ティアン:まぁ、詳しいことは後でみんなから話があるって。

エリス:皆無事か?!

リシェラ:あ!イディアさん達!!良かった、異世界から戻ってこられたんですね!!

イディア:エリス様、リシェラさん!

エリス:怪我もなさそうで安心した。クリオからシャトンが森に消えていったと聞いた時には流石に肝が冷えたぞ。

シャトン:ごめんなさい。

リシェラ:まぁ、良いじゃないですか…こうしてみんな神隠しから逃れられたんですし。

イディア:あ、その神隠しについてなんですけれど、実は…

―イディア、月食祭の神隠しの真相について説明する。

エリス:まさか本当に異世界に繋がるとは…しかも今までの行方不明者は皆向こうの世界の祭りに参加していたなんて…普通なら信じられないな。

リシェラ:でも、もし本当にティアンさんが言うように明かりを持たずにさ迷って帰れなくなってしまった者がいるのだとしたら、今後は安全と国民への周知を徹底しなくてはなりませんね。

イディア:リーベル国民が異世界に迷い込まないように入口には扉を設置して、看板を立てて…内側は依頼受付用のポストと照明を設置…最低でもこのくらいはしないといけないでしょう。

エリス:そういえば、ティアンも一緒だったのか。

ティアン:いやぁ…イディアとお茶してたら一緒に拉致られちゃって。

エリス:それは災難だったな…。ん?ということはもしや…

マズダー:おーい、森の北側にランプくくりつけ終わったぞー。

ティアン:おっちゃん?!

マズダー:おー、ティアン!無事に戻ってこれたみてぇだな。

ティアン:あぁ、うん…。ってか、何でおっちゃんが飾り付け手伝ってんの?

エリス:やはり…マズダー殿の友人とはそなたの事であったか。

リシェラ:マズダーさんは、ティアンさんが神隠しにあって困っていた時、同じく困っていた私達を助けてくれたんです。

ティアン:へぇー…やるじゃん。

マズダー:困ってる時はお互い様だろ?

ティアン:ちなみに、エリス達が困ってたのってやっぱりイディア達が消えちゃったから?

エリス:それもあるが…実はテルエスの偽物が現れたんだ。

ティアン:え!偽物?!超面白そうなことになってる!!

マズダー:まーた、お前はそうやって首突っ込もうとする…。とりあえず一旦落ち着け?

エリス:マズダー殿が対峙しているところに出くわして、一度は拘束したのだが、私の不注意で逃がしてしまってね。アリーンシャを連れて森の奥に逃げていったから皆で探していたんだ。

リシェラ:ただ、イディアさん達の話を聞く限りもう拉致などはしないでしょうし、追い回す必要もなさそうですね。

ティアン:なーんだ、つまんないのー。

エリス:明日の本番で問題が起こったら困るからな。つまらないに越したことはないよ。その分明日からの月食祭を思う存分楽しんでくれ。

イディア:―あ、パン種!早く準備しないと明日に間に合わない…!!私はこれで失礼します!!

ティアン:あ!イディア、手伝うから新作パン味見させてったら!!

マズダー:おい、ティアン!どこ行くんだよ!!

―イディア、ティアン、マズダーがバタバタと走り去る。

エリス:では皆…疲れているところ申し訳ないが、もう少しだけお付き合い願うよ。

リシェラ:(M)こうして、リーベルの月食祭はつつがなく終えることができ、長年噂されていた神隠しが起こることはなくなったのでした。

―リーベル、暗き森の奥深く

テルエス:ねぇ、アリーンシャ…結局入り口は何処なんだい?

アリーンシャ:えっと…どっちだっけ…。

テルエス:目印とかつけなかったの?

アリーンシャ:だって…「敵発見」とか、「命の危機」とか!「殲滅求む」とか言われたらすぐ戻らなきゃってなるじゃないですかぁ!!

テルエス:忠誠心があるのはご立派だけど、これじゃあ僕達ずーっと殺意マシマシのエリスに追い回されるじゃないか…。

アリーンシャ:ん?でもあのエリス様は偽者なんですよね?なら別に逃げて回る必要はないのでは?

テルエス:あー、うん。…そんなことも言ったっけな?

アリーンシャ:じゃあお城に行って、本物のエリス様に会えば問題なしですね!

テルエス:…え。

アリーンシャ:そうと決まれば、早速―

テルエス:―まぁ、待ちなよ。

アリーンシャ:―ふぎゅっ!!

テルエス:エリスは頭に血が上ると人の話も聞かずに襲いかかってくるような子だよ?今行ったところで僕らの話を聞いてくれる可能性はかなり低いと思うな。

アリーンシャ:あの…止めるならもうちょっと優しくお願いします…。

テルエス:とりあえず様子を見ようよ。問題が起こらないようなら僕らも余計なことをする必要ないでしょ。

アリーンシャ:うーん…良いのかなぁ?何か忘れてるような気がしなくもないんですけど…

テルエス:アリーンシャは真面目だねぇ。折角の月食祭だろう?たまには美味しいものでも食べてゆっくりすると良いさ。

アリーンシャ:んー…それもそうですね!!

リシェラ:(M)そして…テルエス様とアリーンシャちゃんは月食祭当日、自警団のメンバーの統率が取れておらず、慌てて介入したところをエリス様に見つかり、2人揃ってお叱りを受けたのでした。



🎃おわり🎃