『アイネ・クライネ』作:天びん。

Aguhont Story Record外伝

『アイネ・クライネ』

作:天びん。

70分


【登場人物】

リア:リーベルに住んでいるエルフの女性軍人で、皇族エリスの側近でもある。占い(特にタロットカード)が好きで、たまにエリスに頼まれ、軍の戦況やリーベルの未来について占ったりしている。

スイセイ:黒のスリーピーススーツを着ている人間の男性、アラサー。昔行き倒れていたのをエルフ(リア)に助けられて以来、リーベルの奥地に住んでいる。元超お人好し。読心術が使えたりとそのスペックの高さから権力・覇権争いに巻き込まれまくったため、人の悪意にはとてつもなく敏感。生のトマトが苦手。

テオ=ダンクワース:人間の画商の青年(不問可)、小柄で童顔、色素の薄い髪に茶色のハンチングを被っている。人当たりがよく、物怖じしない性格。現在はタングリスニに拠点を移し、画商以外に情報屋としても活動しているようだ。(役人と兼ね役)

ディーゴ:人間の男性軍人。ボサボサの藍色の髪に無精髭、軍服も着崩しているほどの怠惰な性格。直接触れた者の腸内環境を操作できる固有魔法の使い手。現在は皇族ベリリの直属の部下として勤めている。

ラポム:性別不問、獣人。リスのような見た目でリンゴを半分にしたような帽子を被ってリュックを背負っている。珍しい木の実を集めるのが好き。タングリスニでは皇族テルエスの直属の部下として健気に勤め、どんぐり爆弾を製作したりしている。

クロナ:性別不問、見た目は黒髪で眼鏡をかけている細身の人間だが、その実アンドロイド。無慈悲で厳格な性格だが、眼鏡を外すと別人のように弱気になってしまう。元々マリシ軍に属していたが、現在はタングリスニ軍に属し、タングリスニに忠誠を誓っている。

コハク:性別不問、狐の獣人、小柄で癖っ毛、幼い。親友のチッチは小鳥の姿をしているが、実はマリシ鉱山の炎の石で作られた呪具。リーベルに住んでいたが、テルエス達に捕虜としてタングリスニに拐われ、現在はタングリスニに住んでいる。

ヴェール:バルナで防具屋を営んでいた女性エルフ。小柄で、性格はずる賢くサバサバしている。現在はタングリスニに住んでおり、タングリスニ軍に属している。(兵①と兼ね役)

ナキオ=ナズク:人間の男性でお爺さん。ボケているが、とても都合よくボケるし忘れる。リアとはリーベルにいた頃、同じ軍所属ということもあって仲良くしていた。現在はタングリスニに住んでいる。(兵②と兼ね役)

イディア:性別不問、銀髪ストレートロングにメイド服(男性演者の場合は執事服)を着用しているアンドロイド。元々バルナでパン屋を営んでいたが、現在はリーベルに居を移しパン屋を営んでいる。

ナハト:面倒見が良く、飄々としてる人間の男性。苦労人。普段は行商人や旅人の護衛をしており、色んな国に出没する。依頼があれば金額次第で荒事から暗殺もこなすクソツヨ「戦争屋」。タングリスニのスラム育ち。

シャトン:リーベルに住んでいる獣人の女性で、弓の名手。口数が少ないが情に厚く親切。言葉が足りずよく勘違いされる。ティーナとは親友。

プラタ:リーベルに住んでいる、たぬきっぽい見た目の獣人。『酒は血液!』とばかりのうわばみで、よく飲んでは記憶を飛ばしている。みんなの秘密を知っているらしい。

ティーナ:リーベルに住んでいるエルフの女性、戦闘にハープ(楽器)を用いる。性格は朗らかで爽やか、かなりの方向音痴。シャトンとは親友。

クリオ:性別不問、各地の伝承を調べるのが趣味で、大体宿屋や飲み屋でバイトしながら情報を集めて各地を転々としている。

アリーンシャ:リーベルに住んでいる獣人(クォーター)の女の子、元気で活発。無謀で図太く振る舞うが、少々臆病な一面も。戦闘ではバルナで購入した両手剣・グランルナを扱う。

リシェラ:人間の女性で、バルナのケーキ屋「リシェラーゼ」店主。明るく人見知りなどもない。お菓子作りと読書が趣味。現在はリーベルに居を移し、リーベル支店でケーキ屋を営んでいる。

ハンペン:性別不問、ハンペン色の髪色をしたちびっこエルフ。卵の殻を背負っている。単純で素直な性格。勘で動く。卵はロマンだとよく萌えており、大型鳥類の巣を見つけては、盗んで親鳥によく追いかけ回されている。

ギャギャギャリアン=ヴェルナヴァンド:人間の男性だが、自分の身体さえも被検体にして様々な実験を行っている天才博士。人間の見た目でありながら非人間的な身体能力を有している。楽しければそれでいい。現在はタングリスニに住んでいる。(兵③と兼ね役)

ネコ:性別不問、暗殺特化アンドロイド。義体を複数乗り換えて行動する。基本的に無口だが、心の中ではとても饒舌。現在はタングリスニに住んでいる。

ビリオン:タングリスニの皇族ベリリの従者。種族は人間で体格は大きめ。冗談を言いがちでパッと見は善人だが、実際は超残忍。

役人:タングリスニの役人(テオと兼ね役)

兵①:タングリスニ兵(ヴェールと兼ね役)

兵②:タングリスニ兵(ナキオと兼ね役)

兵③:タングリスニ兵(ヴェルと兼ね役)


【推奨兼ね役】

(例)5人でやる場合

①リア、クロナ、シャトン、アリーンシャ

②スイセイ、テオ、ナキオ、役人、兵②

③ディーゴ、ナハト、クリオ、ハンペン、

④ビリオン、コハク、イディア、プラタ、ヴェル、兵③

⑤ラポム、ヴェール、ティーナ、リシェラ、ネコ、兵①


【用語紹介】

・バオジュンZ666

バルナで発生した奇病。感染初期は食中毒のように高熱を出し、肌が紫色に変色する。時間が経つとやがて理性を失い、肌は赤黒くただれ、毛が抜け落ちたり、眼球が飛び出してしまう症例もある。感染すると近くの人間を無作為に襲い、傷を負わせることで仲間を増やす。解毒剤を打つと抗体が出来るため、二度と感染することはない。

(詳細:13th Episode「バオジュンZ666」)

・ドライアド症候群

リーベル独自の病。初期症状は手にマメができるように皮膚の一部が厚く硬くなるが、病気が進行すると次第に皮膚が木の幹のようにゴツゴツとひび割れ、身体全体が樹木のように変わり果ててしまう。発症要因は現在調査中、治療には上級エリクサー3本を要する。

最近は徐々に発症率も落ち着いてきた。

(詳細:17th Episode「万能の霊薬」)

・キュヴェル

リーベルの中心部にある宿屋。食堂が併設されており、食事のみの利用も可能。イディアがリーベルに移動してからはイディアのパン屋からパンを仕入れているため、食事のクオリティが上がったらしい。

・サイラス=オーベル

リーベルの男性皇族でエリスの義兄。公式記録では15年程前に死亡扱いになっているが、実際は養父を殺した黒幕を突き止めるべく、タングリスニに残るとエリスに言い残し、生き別れてしまった。

・Vale,vide te aliquando(ヴァレ、ヴィデ テ リクワンド)

さようなら、またいつか(ラテン語)

※こちらの外伝は、Aguhont Story Recode 24th Episode の裏で繰り広げられた各国民達の物語です。24th Episodeと併せて読んだり、組み合わせて演じるとより世界観を楽しめます。



【本編】


◯1 リーベル奥地

リア:―はい、スイセイさん。これが頼まれてた今週分の食材です。

スイセイ:わざわざすまない…。

リア:いえ。

リア:今季は野菜の育ちが良いそうで、いくつかオマケしておきましたよ。

スイセイ:それは助かる。

スイセイ:せっかく来たんだ…一献参らぬか?

リア:ありがとうございます。でもまだ仕事が残ってますから…また今度お願いしますね。

スイセイ:それは残念。…しかし君も何か話があって来たのだろう?

リア:そんなことは…。

スイセイ:エリス関連か?

リア:えっ?!あっ!まさかスイセイさん―!

スイセイ:心配しなくとも読んではいない、安心しなさい。君が少し分かりやすいだけだ。

リア:…。

リア:(溜め息)私、そんなに分かりやすいですか…?一応私、軍所属なんですけど…。

スイセイ:そういえば…君とエリスは先日人身売買に関する国際会談で、タングリスニを訪れていたな。そこで何かあったのか?

リア:…じ、実は…エリス様が恋煩いかもしれなくて…!

スイセイ:ほう、恋煩い…?まぁ、彼女も良い大人だ。気になるのであれば、影から見守ってやれば良い。

リア:そうなんですけど…そうなんですけど!相手が、相手で…

スイセイ:?そんなにまずい相手なのか?

リア:それが…もしかしたら相手は『あの』テルエスかもしれないんです!!

スイセイ:テルエス…確か、タングリスニの皇族だったと記憶しているが。

リア:その認識で合っています。

リア:先日の国際会談でタングリスニ城を訪れた際、エリス様と中庭を歩いていたら、テルエスが見目麗しい令嬢と待ち合わせをしているところに遭遇しまして…。

スイセイ:待ち合わせか、何やら親密そうな感じがするな。

リア:そうなんです!普段は冷酷で非情な判断を笑顔で下すようなサイコパスなのに、その時のテルエスは別人みたいに柔らかい表情で、令嬢をエスコートしながら穏やかに笑ってたんですよ…!

スイセイ:普段とは違う一面…君はそれが大切にしている者だからこそ見せる表情だと言いたいのか?

リア:はい…。その令嬢との仲睦まじい様子を見たエリス様の目といったら、とても悲しそうで…非常に痛々しい顔をされてたんです。帰ってきてからもよく溜め息を吐いてらっしゃいますし…。

スイセイ:…だからといって恋煩いとは限らんだろう。

リア:それに…試しにタロットでエリス様の事を占ってみたら女帝の逆位置が出たんです…!女帝のカードは『家族や恋人といった大切な人の愛情』を指します。その逆位置ですから、『異性とのトラブル』や『絶望の前兆』を暗示しているんです。あああ…どうしましょう…。

スイセイ:…直接聞いてみたらどうだ?

リア:えぇ?!直球過ぎませんか…?

スイセイ:まぁ、君の気持ちも分からんではないが、大事なのはエリスの気持ちだ。仮にエリスがテルエスを想っていたとして、君は妨害するのか?

リア:それは…しませんけど。

スイセイ:そうだろう?…では話も聞けたことだし参ろうか。

リア:え?

スイセイ:行かぬのか?エリスの元に。


◯2 タングリスニ城内・ディーゴの私室

テオ:(走ってきて)ディーゴさん!大変だよ!!

ディーゴ:…テオ?どうしたんだよ、そんなに慌てて。

テオ:これ見てよ!テルエス様が一騎打ちを申し込まれたって!!

ディーゴ:何だこれ…号外?―え、一騎打ち?!

テオ:皇族同士の真剣勝負…一騎打ち。しかもこれによると、ベリリ殿下も全面的に協力するって書いてある。

ディーゴ:あーもー!嘘だろ、嘘だと言ってくれよ…。ベリリ様も絡んでるってことは、俺の仕事が増えて絶対面倒なことになる…!一体何処の誰だ、テルエス様に一騎打ちなんか申し込みやがった馬鹿は!!

テオ:リーベルの皇族、エリスだよ。なんでもテルエス様が公布した政策に不満があったみたいで、一騎打ちを宣言したんだとか。

ディーゴ:あのエルフかぁ…確かに元々テルエス様とは仲悪そうだったもんな。

テオ:うんうん。一時は「タングリスニにリーベル国民を拉致された!」って、エリスが会談で糾弾したこともあったしね。

ディーゴ:…よくそれで大事にならなかったな、もしそれが勘違いとかなら相当な国際問題になってただろ。

テオ:その時はビリオン様と他国が対応したお陰で何とか大事にはならなかったって聞いたよ。

ディーゴ:うぇ、もう嫌な予感がプンプンする…。というか、あの馬鹿エルフといい…何で俺の知ってるエルフ達はみんな揃いも揃って好戦的なんだ!脳筋にも程があるだろ…。

テオ:ディーゴさん。そんなこと言ってると、またアイシャさんにタコ殴りにされますよ。

ディーゴ:だって、事実だろ?


―そこでディーゴの部屋の電話が鳴る。


ディーゴ:はい、ディーゴです。

ビリオン:お疲れ様です、ビリオンです。通常業務が終わった頃合いかと思いますが、少々打ち合わせしたいことがありまして。お時間大丈夫でしょうか。

ディーゴ:…はい。

ビリオン:では簡潔にお伝えしますが、3日後にリーベルのエリス殿と我が国のテルエス殿下が一騎打ちをすることになりました。

ディーゴ:はい…。

ビリオン:…おや?驚かないのですね。もしや既にご存知でしたか。

ディーゴ:ええ、まぁ…。

ビリオン:ならば話が早い。ベリリ殿下は今回の一騎打ちに全面協力すると仰いました。そのため今から軍部の主たるメンバーを集めて当日の警備について打合せをしておきたいのです。

ディーゴ:分かりました、すぐに伺います…。

テオ:…仕事の電話?

ディーゴ:ああ、競技場の警備についてこれから打ち合わせするってさ。…マジで行きたくねぇ。

テオ:あらら…噂をすれば、かなぁ。頑張って。


◯3 同・廊下

ラポム:ポムゥゥゥゥゥ?!

クロナ:ラポムさん、声が大きいですよ。

ラポム:ご、ごめん…でもホントなの…?テルエス様が一騎打ちを申し込まれたって…。

クロナ:本当です。本日リーベルより皇族のエリスが登城し、テルエス様が公布した新しい政策について意見交換をしていたそうですが、最終的に対立してしまい、エリスから一騎打ちを申し込んだとのことです。

ラポム:あわわわわわわ、大事件じゃないかぁ!テルエス様がそんな大変なことになってる間、僕はどんぐり集めに行ってたなんて…。

クロナ:どんぐりは貴方の武器にもなるのでしょう?それは悔やんでも意味の無いことです。

ラポム:う…。ちなみに、コハクはこの話知ってるのかい?

クロナ:いえ…この話を聞いてからまだ会っていないので、何とも言えませんが…。恐らく知られるのは時間の問題かと。

ラポム:そっかぁ…

コハク:あ!クロナさん、いたぁ!

ラポム:コハク…。

コハク:ラポムも一緒に居たんだね!2人とも何してたの?

クロナ:いえ、特に何もしておりませんよ。…そういえば、私を探していたのでしたね。どうかしましたか?

コハク:あのねぇ、チッチと町を歩いてたらティアンさんに会って、これを貰ったんだ!…でも僕、難しい字が読めないから、クロナさんに読んで貰おうと思って探してたの!

コハク:これ!ここに写ってるの、エリスおねぇちゃんだよね?ねぇ、何て書いてあるの?クロナさん!

クロナ:…『リーベルのエリスがタングリスニのテルエスに一騎打ちを申し込んだ』と書かれています。

ラポム:クロナ!

クロナ:遅かれ早かれ、いずれ知ることです。でしたら下手に隠し立てせず、真実を伝えるべきでしょう。

ラポム:そうかもしれないけど、でも…。

コハク:一騎打ち…?

クロナ:一騎打ちとは皇族同士で行われる1対1の決闘のようなものです。それをリーベルのエリスが、我が国のテルエス殿下に申し込んだ―この記事にはそう書かれています。

コハク:そんな…!決闘だなんて…。

ラポム:コハク…。

コハク:…エリスおねぇちゃん。


◯4 同・中庭

ヴェール:おーい、じいちゃん!そろそろ打ち合わせ始まるよー!…ったく、どこ行ったんだ?

ナキオ:飯の時間かの?

ヴェール:うわぁぁぁ!!どっから出てきた!!

ナキオ:ほっほっほ。ワシの気配を探れないとは、お主もまだまだじゃのぉ。

ヴェール:あんたが神出鬼没すぎんだよ…。とにかく、これから打合せやるんだって。じいちゃんも行くよ。

ナキオ:打合せとな?飯はどうなるんじゃ?

ヴェール:んなもん1時間前に食ったろうが!一騎打ちに関する警備の話だから軍部全員に声かかってんの、早く行くよ!

ナキオ:んな…一騎打ちじゃと?

ヴェール:何だ、じいちゃん。一騎打ちの話聞いてないの?3日後に競技場使ってリーベルとタングリスニの一騎打ちやるんだって。

ナキオ:…となると、リーベル代表はエリス殿か、現状皇族は彼女しかおらんし。…こりゃあまた面倒なことになっておるな。

ヴェール:あー、じいちゃんも元リーベル国民だっけ?エリスと何か繋がりあったの?

ナキオ:繋がりがないと言えば嘘になるが…ワシが心配しておるのは、エリス殿の側近の方だ。

ヴェール:ふぅん?まぁ、今回の一騎打ちもエリスから申し込んだみたいだし、その側近さんも振り回されて大変だねぇ。

ナキオ:こんなジジイのことも放っておかず、色々と付き添ってくれた優しいお嬢さんじゃからのぉ。…また人知れず心を傷めておらんと良いのじゃが。

ヴェール:…そんなに心配なら、この機会にタングリスニに引き込んじゃえば?

ナキオ:お主、何を…

ヴェール:だってさ、普段飄々としてて何でも笑い飛ばしてそうなじいちゃんが、そんな顔するくらいには心配なんでしょ?それならじいちゃんの近くに置いた方が良いかもしれないじゃん。

ナキオ:いや、しかし…しかしだなぁ。

ヴェール:すぐに引き込まなくても、話くらいはしてみたら?こんな機会滅多に無いんだし。

ナキオ:…。


◯5 リーベル国・城下町

イディア:ナハトさん、今回もありがとうございました。

ナハト:別に、どうってことねぇよ。オマケに新商品の試食もついてくるなら、断る理由もねぇだろ。

イディア:気に入っていただけたようで嬉しいです。私もこの調子で頑張らないと。

ナハト:…ん?何だ、妙に騒がしいな。

イディア:本当ですね…あら?何でしょう、この紙…号外?

ナハト:なっ!一騎打ち?それもリーベルのエリスからタングリスニのテルエスに宣戦布告…。

イディア:えぇ?!リーベルから仕掛けてるんですか?一体何が原因でこんなことに…。

ナハト:さぁな。けどこの記事を鵜呑みにするなら…政策について意見が対立し、一騎打ちを申し込むに至った、と…おいおい、戦争でもおっ始めるつもりか?

イディア:戦争?!いやいやナハトさん、いくらなんでも話が飛躍しすぎでは…?

ナハト:分かんねぇぞ…今や戦いの火種はあちこちにゴロゴロ転がってるからな。イディアだって心当たりあるだろ。

イディア:―それは…。

ナハト:もし戦争になるなら、今のうちに色々準備しておかねぇと。…悪い、なる早で確認しておきたいことが出来た!

イディア:へ?!ちょっと、ナハトさん?!

ナハト:バルナに行ってくるから、何かあったらここに連絡くれ!明日の昼にはお前の店に寄るから!

イディア:…行っちゃった。


◯6 同・宿屋キュヴェル内食堂

シャトン:おい…!おい、君…聞こえるか?

プラタ:ぷぇ…?

ティーナ:良かったぁ!意識はあるみたいだね。

プラタ:…おやぁ?ここは何処じゃあ?

クリオ:宿屋キュヴェルの食堂だよぉ…。お食事中に急に叫んで倒れたから、クリオびっくりしちゃった。

シャトン:君、名前は?

プラタ:んんー?名前…何じゃったかのぅ?

ティーナ:ええ?!自分の名前覚えてないの?もしかして記憶喪失になっちゃったとか?!

シャトン:倒れた時に強く頭を打ったか…?いや、一時的なものかもしれない。

プラタ:んんー…何をしておったっけか…。うっ…頭、痛ぁ…。

クリオ:無理しないで。…お水飲む?

ティーナ:そうね!…お水はこれかな?はい、どうぞ。

プラタ:おお、親切にどうも―(ぐびぐび)…ん?んん?!

ティーナ:え?何?!

プラタ:ふぁーお♡きっくぅー!!

シャトン:ティーナ…それ、本当に水か?

クリオ:…!これ、お酒だね。多分この人が飲んでたやつ…。

ティーナ:ええ?!透明だったからお水だと思って飲ませちゃった!大丈夫?気持ち悪くなってない?!

プラタ:ぜーんぜん!寧ろ極楽じゃて♪…あ、ワイの名前はプラタじゃ。

シャトン:そ、そうか…。プラタ、君は何故倒れたか覚えているかい?

プラタ:何で…確か、外を見ながら夕食(ゆうげ)を食べていて…そしたら突然たくさんの紙がブワッと空から降ってきたもんじゃから驚いて…。

クリオ:紙…?

シャトン:これの事だな。

クリオ:…?―え!エリスがテルエスと一騎打ち?!

ティーナ:そうなるよねぇ、私達も驚いちゃった。

プラタ:そういや、少し前にエリスと側近のリアが慌てて馬車に乗り込んでいたのぉ…。あれは一騎打ちを申し込みに行くつもりだったのやもしれんな。

シャトン:テルエスはエリスにとって因縁の相手だと聞いている。これがタングリスニの陰謀などではないといいんだが…。

クリオ:エリス…一騎打ち、勝てるかな?

ティーナ:大丈夫だよ!信じて待とう?エリスさんは強いって、ここにいる皆は知ってるじゃない。

クリオ:…うん、そうだね。

シャトン:私達に戦闘訓練をつけるくらいだ。簡単に負けられては困る。

ティーナ:うんうん!リーベルの安寧のためにも頑張ってもらおう!

プラタ:そうじゃ、そうじゃ!美味しく楽しく酒を飲むためにも、一騎打ちには絶対勝ってもらわねば!

シャトン:プラタ…気持ちは分からなくもないけど、お酒はほどほどにしておきなさい。



◯7 同・イディアのパン屋付近

リシェラ:あ、アリーンシャちゃん。

ハンペン:おー!アリーンシャもイディアのパン屋に行くのか?それなら一緒に行こうぜ…ってその紙、例の号外か?

アリーンシャ:リシェラさん、ハンペンさん、これ見た?『初の一騎打ち!リーベルのエリス対タングリスニのテルエス!!』

リシェラ:ええ…。この号外すごい勢いで配られてるみたいね、今はどこもこの話で持ちきりよ。

アリーンシャ:タングリスニに居た身としては、何か複雑だなぁ…。エリス様ってそう簡単に喧嘩売るようなタイプじゃないと思うけど、それってタングリスニのテルエス殿下がリーベルにとって不利な条件を提示したってことだよね?それこそ、エリス様が激怒するくらいの。

ハンペン:まぁ、そういうことになるなぁ。

アリーンシャ:タングリスニにも良い人はたくさんいる。でもこの一騎打ちが切っ掛けで、国家間が険悪になっちゃうのはすごく嫌。

ハンペン:アリーンシャ、お前メッチャ良い奴だなぁ…!やっぱりイディアのタマゴサンド好きに悪い奴はいねぇ!

リシェラ:確かにアリーンシャちゃんはスゴく良い子だけれど、タマゴサンドは関係ないかも…?

ハンペン:何にせよ、エリスにはとっとと一騎打ちでテルエスを打ち負かして帰ってきてもらいたいところだな。

スイセイ:一騎打ち…?

ハンペン:おー?兄ちゃん見ない顔だな。兄ちゃんも興味ある感じ?

スイセイ:…すまない、少し教えてくれないか。ここに書かれている一騎打ちとはどのような物なんだ?

アリーンシャ:いいよー!一騎打ちっていうのは、各国の皇族同士に認められている権利なんだよね。

スイセイ:ほぉ、権利とは。

ハンペン:従来の捕虜制度とは違って、勝った時に連れていける捕虜は1人だけなんだが、その勝負には当事者の皇族以外は介入することができないという決まりがある。

スイセイ:なるほど。今回は初の一騎打ちで、エリスから宣戦布告しているのだったな?

リシェラ:そうですね。この号外によると、3日後にタングリスニの競技場で勝負するみたいです。

スイセイ:…ありがとう。世事に疎いため、教えて貰えて助かった。ついでにもう1つ聞きたいのだが…戦闘に明るい者達を探している。何処か斡旋(あっせん)するような場所に心当たりはないだろうか。

アリーンシャ:戦闘に明るい者達…?強い人達を探してるってこと、だよね?

リシェラ:そういうことになるかな。依頼を出せば軍でも扱ってもらえるかもだけど…リーベル軍って元々人数が少ないから、声をかけるなら自警団とかの方が良いかも?

ハンペン:…あ。俺心当たりあるぞ!!

スイセイ:本当か!それで、何人ほどだ?

ハンペン:1人。

アリーンシャ:…え?1人?!

リシェラ:ハンペンさん、流石に1人じゃ…

ハンペン:だーいじょーぶ!1人で何でもこなしちゃう奴だ。頭も良いし、腕も立つ!…かく言う俺も助けてもらったしな。

スイセイ:ほぉ、それは興味深い…。

ハンペン:だろ?ソイツの異名もスゴいんだぜ!

イディア:『戦争屋のナハト』ですね?

ハンペン:あ、イディア!

アリーンシャ:あれ?イディアさん、1人?今日はナハトさんと一緒に新商品の素材集めに行ってたんじゃなかったっけ?

イディア:そうなんですけど…少々用事を思い出されたようで、さっき別れたところです。それで、ナハトさんがどうかされました?

リシェラ:こちらの方が戦闘力の高い人達を探してるようで、ハンペンさんがナハトさんの名前をあげたんです。

イディア:なるほど、そういうことだったんですね。ナハトさんなら明日うちの店に寄ると言ってました。良ければその時に紹介しましょう、…えっと。

スイセイ:私はスイセイだ。

イディア:ではスイセイさん、明日のお昼に…ここ、イディアのパン屋に来て下さい。

スイセイ:ありがとう、恩に着る。


◯8 タングリスニ城内・ヴェルの研究室

ネコ:…あのさ。

ヴェル:何です、ネコ君?

ネコ:何で一騎打ちを申し込まれたはずのテルエス殿下が、博士の研究室でドレスのカタログを広げてるわけ?

ヴェル:私に聞かないで下さいよぉ。目の前にいるんですから、本人に聞けばいいじゃないですかぁ。

ネコ:やだ。極力関わりたくない。

ヴェル:そこに関しては、私も完全に同意します。かれこれ1時間くらいこの状態なので…

ネコ:本当に何してるんだよ。

ヴェル:仕方ないですねぇ。殿下?さっきからずぅーっと何してるんです?…え?線の細い赤いドレスが似合いそうとか知りませんよ!あぁ、もう!無視しないで下さぁい。

ネコ:相手のエリスは鍛練場に籠っているんだろ?片や職務放棄して何してるんだ。

ネコ:…え?エリスが一騎打ちに負けた場合、統治者の立場から退け、政務とは関係の無い場所で働かせようと思っている?

ヴェル:『適材適所』ねぇ。…確かに、彼女は感情的になりやすい面が多々見受けられますが、リーベルは軍部の人間が少なく、市民も自衛のため定期的に戦闘訓練をしていると風の噂で聞いたことがあります。今エリス殿が引き抜かれたらリーベルは誰が統治するんですぅ?

ネコ:回らないようなら、タングリスニが統治すれば良いんじゃない?

ヴェル:ネコ君、それは…傀儡(かいらい)政権ということですか。

ネコ:あくまで極論だ。でも恐らく殿下も似たようなこと考えてるんじゃない?

―テルエスは否定も肯定もせず、ニコニコと笑いながらカタログを見ている。

ヴェル:(溜め息)これでタングリスニの皇族なんですから頭が痛くなりますよ。…ホント、世も末ですね。

ネコ:私から言わせてもらえば、アンタも同じだよ。

ヴェル:あ…いえ、何も言っておりませんよぉ。…はい?そこで私の好みを聞きますか?貴方が囲いたいのなら、貴方の好きな色を纏ってもらえば良いじゃないですかぁ。

ネコ:付き合ってらんない…帰る。

ヴェル:…お気に召していただけたようで何よりです。って、ちょっとネコ君!帰るなら殿下も連れてって下さいよぉ!!


◯9 リーベル国内・イディアのパン屋

ナハト:よう、イディア。いるか?

イディア:ナハトさん!戻ってたんですね。

ナハト:ああ。…昨日は悪かったな、急に行っちまって。

イディア:大丈夫ですよ。それで、確認しておきたい事というのは何だったんです?

ナハト:昨日一騎打ちの開催が周知されただろ?これを機にリーベルとタングリスニで全面戦争とかになったら、それこそ大騒ぎだ。だから俺がよく依頼を受ける斡旋(あっせん)屋に行って、そういった動向がないか確認してきたんだよ。

イディア:あー…だからバルナに行ってたんですか。

ナハト:結果的にマリシの研究者とバルナの商人の護衛依頼があるくらいで、傭兵依頼といったキナ臭い依頼はなかった。まぁ、ちょっと店主から頼まれた事もあるし、その内タングリスニに行くこともあるだろうが、すぐに戦争って事はねぇだろう。

ナハト:ただ…号外はバルナにも撒かれていた。恐らくアグホント大陸中にばら撒かれてるだろうな。

イディア:大陸史上初の一大事ですからね…。制度としては存在していましたが、実際にそれが開催されるとなると…やっぱり不安が募ります。私は平和に皆が笑顔になれるパンを焼ければ、それで良いのに…。

ナハト:そうか?俺としては最近歯応えの無い護衛依頼ばかりだったし、そろそろ暴れたいんだけど。

ナハト:あーあ、どっかにド派手に暴れられそうな面白い依頼ねーかなー。

イディア:そんな物騒なこと言わないで下さいよ…と言いたいところですが、ナハトさんにお客さんが来てますよ。

ナハト:え…?客?

スイセイ:それなら、君に丁度良い依頼がある。

イディア:スイセイさん、いらっしゃいませ。

ナハト:誰だ、アンタ…。

スイセイ:『戦争屋のナハト』は君か。…そして、君は派手に暴れる機会を欲している。どうかな?

ナハト:お、おう…そうだけど。

スイセイ:では、私が依頼しよう。私はスイセイ、リーベルの奥地で暮らす者だ。

ナハト:あー…とりあえず聞いとくけど、アンタ暗殺者とかじゃないよね?

スイセイ:そのような者ではない。

ナハト:なら、良いけど。見た目が黒づくめで刀差してるから、もうその筋の人にしか見えなくてな。

イディア:スイセイさん。せっかくですし、ナハトさんに依頼内容を話してみたらどうですか?

スイセイ:ああ、依頼の内容だが…

ナハト:分かった、アンタの依頼受けてやるよ。…となれば、まずは作戦を考えねぇとな。

スイセイ:すまない。

ナハト:いや、謝るなよ。こんなに楽しそうな事に巻き込んで貰えて寧ろラッキーだわ。これで俺も思う存分暴れ回ることが出来る…!!


◯10 タングリスニ城内・とある執務室

ビリオン:とうとう明日になりましたか、一騎打ち。警備の人員配置含め、全ては手配済み。あとは、各々の役割を全うしてくれることを祈るのみ…ですねぇ。

ディーゴ:(ノック音)

ビリオン:…誰です?

ディーゴ:ディーゴです。ビリオン様がこちらにいらっしゃると聞いて参りました。

ビリオン:あぁ、少々お待ち下さい。


―ビリオンは懐から見事な細工が施された香水瓶の魔導具を取り出し、瓶の蓋を開けた。そしてそのまま小声で詠唱し、魔導具を起動する。


ビリオン:―『泡沫(うたかた)の夢…慟哭(どうこく)の波…浸(ひた)れ、煽(あお)れ、煽慟(せんどう)』

ビリオン:…どうぞ。

ディーゴ:失礼します。

ビリオン:ディーゴさん、お疲れ様です。すみませんねぇ、急にお呼び立てして…一騎打ちの前日だと流石に忙しかったでしょう。

ディーゴ:いえ、もうほとんど手配済みでしたから…。それで、何か御用ですか?

ビリオン:明日の一騎打ちは、軍部の方々に競技場を警備していただく訳ですが、その際こちらの香水をつけていただければと思いまして。こちらは魔法耐性を大幅に底上げする魔導具で、警備する際に貴方達を助けてくれると思います。

ディーゴ:え、これ…見るからに高そうですけど、良いんですか?軍部のメンバー全員にとなると、半分も残りませんよ?

ビリオン:構いませんよ。ベリリ殿下も貴方達を大切に思っておいでですからね、怪我の無いようにという私からの配慮です。

ディーゴ:ありがとうございます。では…ありがたく使わせていただきますね。

ビリオン:ええ…明日は宜しくお願いします。

ビリオン:…最後の仕上げも終わりましたね。

ビリオン:―あの亜人どもが競技場でどんな戦いを繰り広げるかは知りませんが、せいぜい派手に暴れてもらいましょう。


◯11 タングリスニ国内・競技場

リア:エリス様、速い…!

ヴェル:なるほどぉ、風魔法で攻撃速度を上げたんですかぁ。

リア:エリス様は風魔法の扱いに秀でておりますからね!

ヴェル:流石はリーベルの皇族、魔法の威力は侮れませんねぇ。しかし殿下も、軽々受け流すと…。

リア:そう簡単にはいきませんか…!

ヴェル:殿下も一時期は師団長を務めておりましたからね。そう簡単にやられてしまっては困ります。

リア:…っ!エリス様!!

ヴェル:綺麗な一撃でしたねぇ。結界がなかったら、頬が腫れていたかもしれません。

リア:あぁ…大丈夫かしら…!

コハク:あっ!エリスおねぇちゃんが!!

ラポム:うわぁ痛そう…!でもテルエス様カッコいい!!

ラポム:ビュン!ってレイピア振り回してたよ!!

コハク:そうかなぁ?僕はエリスおねぇちゃんの方がカッコいいと思うけどなぁ…。

ラポム:確かにエリスもカッコいいけど、聞いただろ?テルエス様、レイピアをまともに習ってないのにあそこまで打ち合えるんだって!スゴいや!!

コハク:むーっ、エリスおねぇちゃんは優しいもんー!

ラポム:そんなこと言ったら、テルエス様だって優しいもんー!

クロナ:喧嘩はやめてください。…まったく、我々は警備業務中ですよ。

コハク:だってラポムがー!

ラポム:だってコハクがー!

クロナ:そんなに喧嘩がしたいのであれば、今すぐ競技場内にいる仲間に中継画面を消すよう伝えてきましょうか。

コハク:わあぁぁぁ!それはダメー!!

ラポム:ごめん、クロナ!悪かったよぉ!!

クロナ:(溜め息)…おや?エリスもなかなかやりますね。

コハク:うわぁぁぁぁ!エリスおねぇちゃん、すごーい!!

ラポム:ああぁぁぁ…!テルエス様、大丈夫かなぁ…。

クロナ:鋭い突きでした。勢いがまるで槍のよう―。

コハク:ほら!やっぱりエリスおねぇちゃんの方が強いんだ!!

ラポム:そんなこと無いもん!…今に見てろ?ここからテルエス様が巻き返すんだから!!

クロナ:…あなた達は学習をしないのですか?

プラタ:おーおー、やっとるやっとる。

プラタ:両者一進一退といったところじゃろうか…。エリスは既に真剣モード、テルエスも侮ったら足を掬われるぞ。

プラタ:んなっ!?リーベル式の爆破魔法じゃと…?!―いや、あれはフェイク!!

プラタ:あれは…義手じゃな。タングリスニでも機械工学の発展が著しい…それは結構なことじゃ。がしかし、観客への容赦もないとは…流石はタングリスニの皇族。エリスが怒るのも当然じゃな。

プラタ:爆発魔法で視界を奪い、奇襲をかける…。鍔迫り合いを見るに、力は互角…さぁ、どっちが仕掛ける?

プラタ:!エリス…!騙し討ちとは恐れ入った。正攻法を好む彼女がここまでするとは…それほどの覚悟を決めてこの場に出たのじゃな。

プラタ:勝ってくれよ…エリス。

リシェラ:今のところはリーベルに良い流れがきてる。このまま…!

リシェラ:!眩しい…っ!これは閃光の魔法?あ、消えた…。

リシェラ:ん…?テルエス様が何か呟いてる。霧が発生してきたから、魔法なのかしら…?

リシェラ:エリス様も懸命に打ち返してるけど…あぁっ?!

リシェラ:前のめりになってレイピアに突っ込んでいくなんて…!幻影を見せるタイプの魔法なのね。

リシェラ:待って、無闇に突っ込んじゃ…っ!痛そう…。

リシェラ:冷静になって状況を見れば何とか出来るかもしれないけど、エリス様は完全に頭に血が上っちゃってる。私達は祈ることしか出来ないのなんて…。

リシェラ:エリス様…頑張って。

リア:エリス様、しっかり…!

ヴェル:うわぁ…酷い人ですねぇ、もう。司会がああ言うのも納得ですぅ。

ヴェル:しかし、殿下に煽られてそのまま突っ込むとは…。エリス殿は大分冷静さを欠いてるようですね。

リア:エリス様ぁ…っ!

リア:―落ち着いてください!貴女なら出来ます!!どうか…そんなのの発言なんかに惑わされないで下さい!!

ヴェル:貴女…可愛い顔して結構言いますね…。

リア:…これくらい言えば、エリス様なら気付いてくれるはずです。

ヴェル:絆、ですか?

リア:はい!

ヴェル:!あれは上級風魔法…。なるほど、得意な風魔法で霧そのものを消し飛ばすとは、力業と言えなくもないですが考えましたね。

ヴェル:しかし、勢いだけの単調な攻撃では殿下にダメージを与えられませんよ。

リア:エリス様は学習面に関しては貪欲な方です。

リア:…!バックハンドで斬ると思わせてのフェイント…!

ヴェル:あそこで横に飛びますか…、スゴい反射神経ですね。…!結界が…。

リア:やった…!エリス様、やりましたね!!

ヴェル:…さて、私も行きますか。


◯12 同・同

リア:エリス様!お怪我は?!

ヴェル:出血が多いですね…早く処置しなくては。急いで魔導士を呼びなさい―早く!!

リア:そうでした、エリス様は回復魔法が使えます!魔導士さん達が来るまで繋いで貰えたら…!

ヴェル:…。いや、これは…!

リア:どうして?!何故エリス様の回復魔法が効かないの?!

ヴェル:恐らくこの矢に強力な魔法無効化が付与されていたんでしょう。例え意識があったとしても、魔法無効化が消えない限りは回復薬を口にしても意味がありません。

リア:そんな…エリス様…!


◯13 同・同

リア:―エリス様?!今何と…!

ヴェル:この光は…まさか、魔晶石?!

リア:いえ、あれはただのクリスタルです!でもダガーに浮かび上がったあの文字…古代エルフ語だわ!!

ヴェル:と、いうことは…古代魔法ですかぁ!!

リア:!ダガーが…!

ヴェル:刀身のクリスタルが砕け散った…。どうやら1回きりの魔法だったようですね…。

ヴェル:魔法も気になりますが、殿下の容態は…!矢が消えて傷が完全に塞がった?!…脈も安定している…。

リア:『友よ、リーベルを慈しみ、森の声を聞く者よ。森の恵みをその身に宿し、至高の癒しを与え給え―』。…これは恐らく古代のエルフ達が、叡知を集めて産み出した最上位の回復魔法でしょう。こんな魔法があるなんて…。

ヴェル:なるほどぉ、本来脆いはずのクリスタルは魔法浸透率が高い触媒です。そこに今の最上位魔法を封じ込めていたんですかぁ。

リア:でも良かった…テルエスが生きてて本当に良かった―

ディーゴ:そいつらを捕らえろ!

リア:なっ?!いきなり何なんですか!離して下さい!!

ヴェル:捕らえろなど…穏やかじゃありませんねぇ。

ディーゴ:どうもこうもねぇよ…コイツらの好き勝手に振り回されるのは、もうまっぴらだ。

リア:何を言っているんですか!振り回すだなんて何を根拠に…。

ディーゴ:エリスが口にしたんだ。…テルエス殿下のことを「兄である」と!!

ネコ:テルエス殿下は、幼少の頃に辺境伯が養子にしたハーフエルフ。慈悲深い伯爵のことだ、きっと放っておけなかったんだろう。しかし身柄がリーベルの皇族に連なるものであるとなれば、話は変わってくる。

テオ:リーベルは十数年単位でタングリスニに密偵を送り込み、まんまと皇族という地位を得たテルエス殿下から、我が国の機密情報を引き抜いていたんですね!!

リア:ま…待ってください…!話が飛躍しすぎています…!我が国が、タングリスニに密偵を送り込んでいたなど、事実無根―

ディーゴ:黙れ、罪人。


―3人の両手に漆黒の手錠がかけられる。罪人達につけられる魔封じの手錠だ。


ディーゴ:お前達は国家機密漏洩罪で軍事裁判にかけ、たっぷりと罪を償わせてやる。牢の中で仲良くその時を待ってろ。

リア:…何ですかその濡れ衣は!一体どんな頭で考えればそのような考えに辿り着くんです!!リーベル国民は今まで正々堂々、戦ってきたじゃないですか!!貴方達の目は何を見てきたんです!!

ネコ:何って正史だよ。まぁ、お前達を断罪する前に、我ら国民を欺いてきたこの売国奴を処刑することになるだろうがな。あぁ、コイツとリーベルの二人の牢は別にした方がいい。下手に接触させて悪知恵でも働かされたら困る。

リア:何たる侮辱…!我々を何だと思って…!!

リア:…エリス様?過呼吸なんて…どうされたんですか?!エリス様!!

テオ:さぁ、皆さん。彼らを運びましょう。その後はベリリ殿下に売国奴テルエスの処刑を求めに行くんだ!

ヴェル:(溜め息)見てられませんねぇ…。

ヴェル:さて、私も動きますか。


◯14 タングリスニ国内・競技場から城に続く道

ナキオ:おや、ヴェール。こんなところで何しとるんじゃ?

ヴェール:…ああ?じいちゃんこそ何してるのさ。

ナキオ:ワシか?ワシは軍の奴らに連れていかれたリアを探して―

ヴェール:リア?…何だぁ?じいちゃん、もしかしてリーベルのスパイか?

ナキオ:はて?お主はなーにを言っとるんじゃ?リアと話すよう言ってきたのは、お前さんじゃろうに。

ヴェール:うるさいよ、リーベルはタングリスニに間者を送り込んでたんだ…10数年だぞ?そんな奴らに加担するジジイの事なんか信用できるか。

ナキオ:ふぅむ…そういやお主も競技場の担当じゃったの。暗示にかかるとは鍛練が足りんぞ。

ヴェール:文句があるならジジイも牢にぶちこんでやるよ…!

ナキオ:(ネコだまし、手を叩いて大きな音を出して下さい)

ヴェール:…っ?!

ナキオ:おはよう、ヴェール。目は覚めたか?

ヴェール:あれ…じいちゃん?私何してたんだっけ…。

ナキオ:お主、暗示にかけられとったぞ。

ヴェール:あ、暗示!?…私が?

ナキオ:一部の市民に加え…軍の仲間も何人かおかしくなっとった。

ヴェール:そんな…嘘でしょ?

ナキオ:嘘じゃないぞい。お主をはじめ、おかしくなった軍の仲間は皆、競技場を警備していた者達じゃ。その証拠に競技場の外を警備していたクロナやラポムは普段通りじゃったからのぉ。

ヴェール:ってか、じいちゃん。私が暗示にかけられてたって…どうやって暗示解いたの?

ナキオ:それは…こう、手をぱちんとな?

ヴェール:えぇ…。時々思うけど、じいちゃんって本当に何者なの?

ナキオ:わしゃあ、ただのジジイじゃよ。…さて、目も覚めたようじゃし、案内してくれるか?…リアがいる牢までな。


◯15 リーベル国内・宿屋キュヴェル内食堂

シャトン:クリオ、入っても大丈夫かい?

クリオ:あ、いらっしゃいませぇ。大丈夫だよー。

ティーナ:わーい、ありがとうございます!

クリオ:今日の日替りメニューは、トロトロに煮込んだクリームシチューね。

シャトン:じゃあ私はそれで。ティーナは?

ティーナ:美味しそう!私もそれ下さい!

クリオ:オッケー。

シャトン:そういえば、一騎打ちの勝敗はどうなったんだろうな。

クリオ:クリオも気になる。

ティーナ:そうだよね、国の一大事だもの。予定ではそろそろ終わった頃合いじゃないかな?

プラタ:おや…こんなところに居ったのか。

ティーナ:あ、プラタさん!こんにちは!

クリオ:頭痛大丈夫だった?

プラタ:頭痛はいつものことなのじゃ。心配してくれてありがとう。

シャトン:その様子だと、私達を探していたのか?

プラタ:いやぁ…昨日は騒がせてしまってすまなかったの。お詫びに情報を持ってきたんじゃ。

クリオ:情報?

プラタ:うむ。良い知らせと悪い知らせがあるのだが…どちらから聞きたい?

ティーナ:え、じゃあ…まずは良い知らせで。

プラタ:一騎打ちはリーベルが勝利したのじゃ。

ティーナ:ホントに?!やったぁ!!

シャトン:エリスがやってくれたんだな…。本当に良かった。

クリオ:すごーい!やったね!!

プラタ:うむ、観客がハラハラドキドキする程の試合だったぞ。

ティーナ:…ん?あれ?一騎打ちには勝ったんだよね?じゃあ…悪い知らせって?

プラタ:エリスと側近のリアが国家機密漏洩の疑いで投獄された。

シャトン:何だって?!

クリオ:ええ?!どういうこと?!

プラタ:勝敗が決し、勝者を称えようと皆が近づいた際に、何者かが奇襲してな。テルエスが矢を受けてしまい、エリスが治癒魔法をかけたんじゃよ。

ティーナ:そんな…!

シャトン:だが、それならエリスは賞賛されることはあっても、投獄されることはないはずだろう!何故そんなことに…。

プラタ:どうもその時にテルエスがエリスの兄、サイラスであると判明したんだそうな。それでタングリスニ国民の一部が暴徒化したらしくての、『リーベルが10数年もの間、タングリスニに間者をしのばせていた』と騒ぎ立てたようじゃ。お陰でタングリスニから帰る道中も肝が冷えたわい。

クリオ:国家関係サイアクじゃないか…!

ティーナ:でも、それならエリスさんとリアさんは冤罪で捕まってることになるよね?タングリスニの上層部は暴徒化した国民を鎮圧してないの?

プラタ:結構テルエスに対する恨みも深かったみたいでのぉ、動いてはいるようなんじゃが、鎮圧には至っておらん。

シャトン:統率に重きをおいているタングリスニで鎮圧に手こずるなんて…何か変だ。

クリオ:変って…どういうこと?

シャトン:分からない。だが、タングリスニに長く居た身としては、どうにも違和感が拭えないんだ。

ティーナ:シャトンちゃん…。


◯16 リーベル国内・イディアのパン屋

リシェラ:みんな大変!エリス様がタングリスニで投獄されたって!!

アリーンシャ:え…えぇ?!どういうこと?!もしかして一騎打ちに負けちゃったの?

ハンペン:マジかよぉ!あああ…どぉしよぉ…!リーベルどうなっちゃうわけ?!

リシェラ:いえ、一騎打ちは勝ったんですよ。でもその後に…

イディア:とりあえずリシェラさん、お水でも飲んで落ち着きましょう。お話はそれからで…ね?


―水を飲んで一息つくと、リシェラは一連の騒動を話し始める。話し終わる頃には3人とも腑に落ちないといった顔をしていた。


リシェラ:…ということなんです。

アリーンシャ:エリス様がテルエス様の事を「兄さん」って呼んだって話だけど…そもそもエリス様って一人っ子でしょ?それなのにお兄ちゃん?

ハンペン:いや、エリスには兄貴がいたはずだ。…っていうのも15年前にエリスと賢者様以外の皇族は全員事故死してるんだよ。

アリーンシャ:ええ、何それ怖い…暗殺でもされたの…?

イディア:なるほど、それでテルエス殿下がエリス様の兄だと…。咄嗟にテルエス殿下がエリス様を庇ったのも本能で動いたからかもしれませんね。

アリーンシャ:それで、助かったんだよね?テルエス様…。

リシェラ:大丈夫、テルエス様は生きてるよ。…ただ、問題は国民の一部が暴徒化してしまっていることね。一部といっても相当な人数だし、中には『売国奴テルエスを即刻処刑しろ』って過激派もいるみたいだから。

アリーンシャ:そんな!テルエス様全然悪い事してないじゃん!寧ろ良い事してるのに、こんなのって…!

ハンペン:なー、イディア。テルエスもちと気になるけどさぁ、エリスとリアっていつ頃になったら解放されるんだ?実際何もしてないんだから、そう遠くない内に帰ってくるよな…?

イディア:簡単に解放されるとは思えませんね。適用されるとしたら国家反逆罪、国家機密漏洩罪でしょうから、相当重い刑罰が課せられるでしょう。

アリーンシャ:酷い、酷すぎるよ…。良く調べもせずに投獄するなんて…完全に言いがかりじゃん!!

ハンペン:だな!まったく、とんでもねぇ話だ。

アリーンシャ:―私ちょっとタングリスニに行ってくる!!

ハンペン:うんうん…んんん?!

リシェラ:ええ?!危ないって!今行ったらアリーンシャちゃんだって無事でいられるかどうか…。

アリーンシャ:でも…!このまま何もしないでじっとしてるなんて…

イディア:かといって我々が動いても、逆にエリス様達の立場を悪くしてしまう可能性の方が高いでしょう。

ハンペン:そうだよ!ここは大人しくリーベルで待ってようぜ。…な?

アリーンシャ:…。


◯17 タングリスニ城内・牢獄前廊下

コハク:ラポム、そこを退いて!!

ラポム:やだね!!

コハク:お願いだから…そこを退いて、エリスおねぇちゃんに会わせて!

ラポム:ダメだ!!今エリスは国家機密漏洩の容疑がかけられてる…。容疑者と接触させるわけにはいかないんだ!!

コハク:エリスおねぇちゃんは悪い事しないもん!さっきだってラポムとクロナさんのせいで動けなかったけど、エリスおねぇちゃん怯えてたよ…?

ラポム:あれは…離したらコハクがあの輪の中に飛んでいきそうだったから…。

コハク:それにリアおねぇちゃんも言ってた!リーベル国民は正々堂々戦う…ボサボサ蒼髪おじさんが言ってたみたいに、そんな姑息で卑怯な事は絶対しないんだから!!

ラポム:―分かってるよ!!

コハク:…っ!

ラポム:僕だって罪人だとは思ってないよ。僕が今まで見てきたリーベルの人達は、皆誠実でいい人ばかりだった…国民性を考えても可能性は低いと思う。今回の件だって、たまたまテルエス様がエリスのお兄ちゃんだっただけで、偶然それが発覚したのかもしれない。…でもな、今の状況的に『はいそうですか』ってコハクを通してやることは出来ないんだ!

コハク:…何で?どうして…っ!

ラポム:今テルエス様には、この国のスパイ容疑がかかってる…かなりの重罪だ。最悪、死刑になっちゃうかもしれない。

コハク:死刑…?

ラポム:それくらい重い罪なんだよ、国家反逆罪は…。今は一部の国民が暴走してリーベルの謀略だ!って言ってるだけだ。ベリリ殿下も従者のビリオンも、暴徒化した国民をなだめているみたいだけど、これがもし誰かによって意図的に起こされているんだとしたら?

コハク:まさか…利用されてるの?

ラポム:そうだ。じゃなきゃ、ここまで手早くエリス達を拘束できたことも説明がつかないだろ。…僕だってテルエス様に会いに行きたいよ、直属の上司だからね。でもそれが原因でテルエス様がもっと大変な目に遭うかもしれないなら、大人しくして機会を伺った方がいいと思うんだ。

コハク:…。

ラポム:コハクだって、コハクが会いに行ったせいでエリスが殺されるかもしれないって考えたら、嫌だろう?

コハク:…やだ…。

ラポム:一緒に、我慢しような。

コハク:うん…あれ?誰か来る。

ラポム:ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!あ…キミ達は…。


◯18 同・牢獄内

リア:この手錠をかけられてからずっと苦しそう…エリス様。

ナキオ:具合はどうじゃ?

リア:悪くなる一方です。一体どんな夢を見ているんだか…。

ヴェール:…じいちゃん。この子天然過ぎない?

リア:え?

ナキオ:ほっほっほ。しばらく振りじゃのぉ、リア。

リア:ナズクおじいちゃん…!タングリスニに居たんですね。それに、貴女は…?

ヴェール:私はヴェール。防具職人だよ、宜しくね、お嬢さん。

リア:ご丁寧にどうも…私はリアです。

ヴェール:OK、リアさんね。…あー、ごめんね?何でこんな状況になってるか全く分からないと思うんだけど、ちょっとじいちゃんが聞きたいことがあるからって特別に通して貰ったんだ。

リア:聞きたいこと…ですか。

ナキオ:リア、ちゃんと飯は食っとるか?

リア:え?えぇ…。

ナキオ:睡眠は?ちゃんと眠れとるかい?

リア:はい、キチンと睡眠時間はとってますよ。

ナキオ:毎日風呂も入って、歯も磨いて、それから…

ヴェール:じいちゃん、子供を心配する親じゃないんだから…。もっと他に聞きたいことがあるでしょ?

ナキオ:…仕事、根詰めすぎて混乱したりしてないか?

リア:え?

ナキオ:今回、エリス殿から一騎打ちを申し込んだと聞いている。そのせいで…リアも大分振り回されたんじゃないかと思ってのぉ。

リア:おじいちゃん…。

ナキオ:もし…もし、そうなら…!

リア:―大丈夫ですよ。

リア:ナズクおじいちゃん、私のこと心配してくれたんですね。ありがとうございます。エリス様は今回、私達国民のために正々堂々身体を張って戦ってくれました。私はそんなエリス様のよき友として、よき部下として側にいられることを誇りに思います。―私はもう、迷いません。

ナキオ:…。

リア:今は一部の方が誤解して暴走しておりますが、きっと疑いも晴れるはずです。

ナキオ:…そうか。なら良いんじゃ。

ヴェール:じいちゃん?!…いいの?

ナキオ:良い、良い。リアも迷いのない顔をしておる。(小声)ここでワシが無理矢理引き抜いてしまうのは、野暮ってもんじゃ。

ヴェール:そ。私はじいちゃんが良いなら、それで良いけどねー。

リア:あの…?

ヴェール:あー!ごめん、ごめん。こっちで話し込んじゃって。私としては貴女みたいにしっかりしてる子に来て貰えたら嬉しかったんだけど…仕方ないね。

リア:ありがとうございます。また、会いましょうね。今度はヴェールさんも。

ナキオ:ほっほっほ…そうじゃな。その時はまたゆっくり散歩でもしようか。

ヴェール:じいちゃん、時間だ。そろそろ出ないと。

ナキオ:さて、ワシらはもう行くよ。…なぁにエリス殿もリアも、2人とも心根は竹のように真っ直ぐじゃ。すぐに疑いも消えるじゃろうて。

ヴェール:じゃあね!


◯19 同・同

リア:エリス様!今は夕方です。…随分うなされていましたが、大丈夫ですか?

リア:…そうなのですね。誰しも苦手なことはあります、だから焦る必要なんてありません。これからゆっくり慣れていけば良いんです。

リア:あの広場で私達とテルエスは手錠をかけられ、別々に投獄されました。今のところ特に動きはありませんが、このまま捕まっていても埒が明きません。

リア:何とか抜け出したいところではありますが…魔封じの手錠をかけられてしまっては、催眠魔法で誰かを操ることもできませんし…。一部の国民達はテルエスのことを処刑しろと言ってましたね。…早く行動しないと手遅れになるかもしれません。

ヴェル:テルエスの身柄が、暴徒化した国民達に奪われましたよぉ。

リア:ヴェル博士?!奪われたってどういうことです?

ヴェル:そのままの意味ですよぉ。貴女達とは別の牢へ護送するはずが、そのまま何処かに持ち去ったそうです。ベリリ殿下やビリオンさんも動いてはいるようですが、暴徒化した国民の中には軍の者もいるようでしてねぇ。その規模と勢いから、なかなかに苦戦を強いられているようですよ。

リア:ヴェル博士!私達は勿論テルエスも冤罪で捕まったんです!!どうかここから出していただけませんか?

ヴェル:ええ、構いませんよ。

リア:え?

ヴェル:そもそも、最初からそのつもりで来ましたからね。あぁ、途中でこの方達に出会ったのでついでに拾ってきましたよ。―入って下さい。

リア:スイセイさん!何故この様なところに…。

スイセイ:いや、少し気になってな。頼りがいのありそうな傭兵を雇い、来たまでだ。

ナハト:どもー、戦争屋です~。大暴れしに来ました!

スイセイ:彼はナハト、護衛から荒事まで何でもこなすことから、俗にクソツヨ『戦争屋』と呼ばれているそうだ。

ナハト:…にしても、随分と悪趣味な物をつけられたな。

スイセイ:…むっ?

リア:手錠が…!

ヴェル:ちょっとぉ!勝手に備品壊さないで下さい!?

スイセイ:あ、すまない…。

ヴェル:というか、魔法がかかってるはずなのに、斬れちゃったんですか?!

ナハト:すげぇ…!魔法を斬るとか出来るんだな、初めて見た。俺もそのうち出来るようになったり…。

ヴェル:普通の人は斬れませんよぉ!一体どれ程の鍛練を積んだらああなるのか…。まったく、理解が追い付きません。何のために私が来たと思ってるんですかぁ?

ヴェル:こちらの方々、どこから入ってきたと思います?城壁よじ登ってきたんですよ!しかも不用意に城内を彷徨ってたので、私がここまで案内したんですからぁ…。本当に、誰にも見つからなかったのは奇跡ですよ。

ナハト:奇跡なんかじゃねぇよ。音の反響を利用して警備の薄いところを進んできたんだからな。

ヴェル:音の反響?!それは魔法ですか?だとしたらその情報は是非とも共有していただきたいですね…というか、使ってみたぁい!!

ヴェル:(咳払い)雑談も結構ですが、時間がありません。テルエスの身柄を奪ったことにより、暴徒達は更に活気づいています。テルエスを処刑するなら、ベリリ殿下達が手こずっているこの機を逃すようなことはしないでしょう。…とりあえず私の用事は済んだので、あとは貴方達で好きに動いてください。

ナハト:おう!ありがとな。

―ナハトとヴェルがお金の詰まった皮袋をやり取りするのを横目に、スイセイが神妙な顔つきで口を開く。

スイセイ:皇族の処刑というからには、民衆の眼前に晒しての公開処刑にするだろう。となると処刑場の目星もつきそうだが…。

ナハト:なるほど?そんじゃあ、確認してみますか!―「エコーロケーション」!

ナハト:…ビンゴ。今近くを通った兵士達が「帝都中央広場」と話しながら歩いていくのが聞こえた。恐らくそこで処刑するつもりなんだろ。

スイセイ:警備も広場の方に多く割かれているようだったし、ほぼ間違いないだろう。

ナハト:敵を蹴散らしながら、処刑されそうになってる皇族をかっさらうとかワクワクするなぁ!どの武器使おう…いっそグレネードとか投げちゃう?

リア:やりすぎは禁物ですよ、ナハトさん。貴方が張り切る分には構いませんが、甚大な被害を出した時に分が悪くなるのは、リーベルという国なんですから…。

ナハト:わーかってるって。(小声で)スタグレにしとくか。

リア:…グレネードはどうしても投げたいんですね。

ナハト:ん?「ここで事を起こすということが、どういうことか分かっているのか」だって?分かってるよ。でも間違ったことをしてるのは、あっちなんだろ?ならちゃんと分かってる奴が「それは間違ってる」って指摘してやらねーとな。

リア:それに、エリス様と私をテルエスから隔離したのは、処刑中に介入されては困るからでしょう。悪いことをしている自覚があちらにあるのですから、そのようなことを気にする必要はありません。

スイセイ:少なくとも、この場に居合わせている者達は皆同じ気持ちだ。…だから安心したまえ。我らはお主の指示に従おう。

リア:皆エリス様がリーベルのために頑張っていたことを知っています。力、貸してもらいましょう?

スイセイ:―では、エリス…指示を。


◯20 タングリスニ国・帝都中央広場

ナハト:おらよっと!!

ナハト:行くぞ!アンタは右側、俺は左側だ!!

スイセイ:ああ!

ナハト:「スピード・ライズ」!「フィジカル・ライズ」!!―オラオラ!死にてぇ奴から前に出な!!片っ端からぶっ飛ばしてやんよ!!

スイセイ:…ここからは無傷では済まない…許せ。


◯21 同・同

ディーゴ:ぐはっ…!お前達は、リーベルの罪人共…?何でこんな所に…!

役人:ディーゴさん、大丈夫ですか?

ディーゴ:ああ。だが、油断した…。

リア:―大丈夫ですか?まだ生きてます?

リア:エリス様、とりあえずテルエスは無事です!!

ネコ:お前達、よくも…!

リア:さっきはよくも濡れ衣を着せてくれましたね!「満ちよ、満ちよ、ー柔らかく、涼やかに、ひとえに育む力を与え給えー水球」!

ディーゴ:うわぁっ!!

役人:何だこれ、水?!

リア:初級の生活魔法でも、応用すればこのように攻撃できるのですよ。これは仕返しです。

ネコ:クソッ。それなら…

ディーゴ:待て、ネコ!レーザーは打つな!!国民達に害が及ぶ!!

ネコ:関係ないね。私はクソみたいな奴らを黒焦げに出来るなら…本望さ!

役人:ダメだ!おい、誰か!ネコを止めてくれ!!

ディーゴ:やめろ!!

リア:―少しは頭を冷やしましょうね。

ネコ:?!

リア:国とは、国民ありきの物なのですから。


◯22 同・同

ナハト:おいおい、どうした?…よっと!全然歯応えねぇな!お前らちゃんと鍛練してんのか?

兵①:お、おい…アイツ1人なのに誰も敵わねぇのかよ!

兵②:いや…囲め、囲んじまえ!!

兵③:一気にやるぞ!!

兵①:はああぁぁぁ!!

ナハト:―軽いっ!!

兵②:今だ!

兵③:やああぁぁぁ!!

ナハト:甘いな。

兵②:ぎゃっ?!

兵③:いでっ!?

ナハト:お前ら、仲良くおねんねして…なっ!!

兵①:うわぁぁぁぁ!ぐへっ!!

ナハト:おっと、痛かったか?悪ぃな、これでも加減してるつもりなんだが。

ナハト:数で俺を止められると思うなよ?一騎当千の実力、その身でとくと味わいな!!

リア:ナハトさん!楽しむのは良いですが、羽目外しすぎないでくださいよ!

兵②:ナハト…?ナハトだって?!

兵③:お、おい…この超人的な力に、あの業物(わざもの)のダークナイフ…まさか『戦争屋のナハト』か?

兵①:ひっ…!あのクソツヨ戦争屋だと?!お、おお俺は逃げるぞ!

兵②:待てよ…!置いてくな!!

ナハト:逃げんなよ、もっと遊ぼうぜ…!

兵①:く、くく…来るなぁ!!

兵③:クソッ、誰かコイツを止めろ!!銃で迎え撃て!!

スイセイ:銃器を持ち出すとは無粋だな…悪意が駄々漏れだ!

ナハト:助かった!

スイセイ:ははは…。君のスピードなら十分に避けられるだろう。

ナハト:それは否定しないが、怪我しないに越したことはないんでね。

スイセイ:…銃兵は私に任せろ、君はそのまま雑兵(ぞうひょう)をなぎ払え!!

ナハト:了解!

―スイセイは刀を納めると、呼吸を整えた。

スイセイ:―『弐式改「光冠」(ニシキカイ「コウカン」)』!!

兵①:ぎゃあああ!!

兵②:剣が見えなかったぞ?!

兵③:くそっ、撃て!切られる前に撃っちまえ!!


◯23 同・同

ディーゴ:おい、お前!無事か?!

役人:なんとか…ネコさんも大丈夫そうです。

ディーゴ:…オイオイオイ、一体何なんだよこの馬鹿みたいな強さは…。

役人:何ていうか…人が宙を舞う光景って実際に起こりうるものなんですね…。

ナハト:こっちは粗方片付いた!

スイセイ:こちらも終わったぞ!

ナハト:!おい、気を付けろ!!猛スピードで荷馬車が突っ込んでくる!!

リア:あの馬車に乗ってるのは…ティアンさん?!

ナハト:味方か!助かる!!

スイセイ:この馬車に乗れば良いのか?


―6人を乗せ、ガラガラと音を立ててリーベルを目指していく荷馬車に向かってヴェルが呟く。


ヴェル:Vale,vide te aliquando(ヴァレ、ヴィデ テ リクワンド)。次に会う時が楽しみですよ、テルエス殿下。


◯24 リーベル国境付近・荷馬車の中

リア:ティアンさんが馬車で拾ってくれて本当に助かりました!ありがとうございます。え?ある人に頼まれた…?一体誰に…。

スイセイ:おや?何か言いたそうだな、テルエス。

ナハト:(笑いながら)どうした?似合ってんぞー、そのリボン。

リア:趣味なのかと思ってなるべく触れないようにしていたんですけど…フフッ、違うんですか?

スイセイ:巻き付けていたのはナハト殿だったな。これは何なんだ?

ナハト:何だっけ?何か…「当店オリジナルのゆうか…(咳払い)お届けラッピングプラン」って言ってたなぁ。

スイセイ:ナハト殿、それだともう誘拐と言ってしまってるに等しいぞ。

リア:誘拐?!スイセイさん、そんなことまで依頼していたんですか?!

スイセイ:いや、私が依頼したのは、タングリスニで問題が起きた場合の、リアとエリスの救出だけだ。…君か?

ナハト:おいおい、俺は雇われ側だぞ。誘拐なんて面倒な依頼するくらいなら、うまい飯食うために金使うわ。


―ナハトはというと、懐から『注文書(写)』と書かれた紙を取り出して読み上げた。


ナハト:数日前にバルナで馴染みの店に行った時に店主から頼まれたんだよ。

ナハト:とある顧客から、『テルエスが一騎打ちに破れた際は…「緑色のリボンをベースに、プリンセスドレスに使われるようなチュールと、パールを使った、高貴なデザインのリボン」でラッピングしてリーベルに送りつけてくれ』って注文が入ったから、代わりにやってくれないか?ってな。

スイセイ:では、牢屋で博士と金のやり取りをしてたのは…エリスのところまで案内した礼をナハト殿が渡していたのではなく…。

リア:このリボンの制作費と送料を、依頼主のヴェル博士から受け取っていたんですね…。

ナハト:そういうこと。…え?何で俺が代行したか?店主は職業柄動けそうにないし、攻撃手段を持ってないからな。普段仕事回してもらってる手前、余程のことじゃなければ断らないようにしてるんだよ。

リア:ヴェル博士、良い趣味をお持ちですね…私、博士とは仲良くなれそうです。

スイセイ:…ほぉ?これはテルエスの好みに合わせているのか…細やかな気遣いが出来るのは良いことだ。

ナハト:そんな怒るなよ、結果的に良かったじゃねぇか。故郷に帰れるんだろ?(ここから笑いをこらえながら)…せっかくだし、綺麗におめかしして帰った方が良いぞ。これ、あの博士の注文通り、無駄にこだわって作った最高級のリボンらしいし。

スイセイ:そうだな。…私の祖国には「故郷に錦を飾る」という言葉がある。本来は「出世して故郷に帰る」という意味なのだが…存外今のその姿はピッタリかもしれんな?

リア:そうなんですね!(ここから笑いをこらえながら)…フフフ。寧ろしばらくはそのままで宜しいと思いますよ?その方が可愛らしくて…!私も抵抗なくお話しできそうですし。

リア:えっ、ほどいちゃうんですか?勿体無い!…あ、でもエリス様にも似合いそう…。

ナハト:安心しな、嬢ちゃん。契約上リーベルまではこのままじゃないと困る。かなり念入りに巻き付けてあるから、そう簡単にはほどけねぇよ。寧ろほどこうとしたら、余計に絡まるようにしてある。

リア:ナハトさん、流石です。

スイセイ:リア、生き生きしてるな。楽しそうで何より。

ナハト:あ、拗ねた。おーい、テルエスくーん?こっち向けってー!

リア:クスクス…。


―そっぽを向いたテルエスに向かって話しかけるエリスは、とても穏やかな表情をしていた。



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