『イタロとテルエスの出会い』 作:湯多由太郎

Aguhont Story Record 外伝

『イタロとテルエスの出会い』

作:湯多由太郎

30分

※この物語はまばたりにて進行中の『Aguhont Story Record』企画の二次創作の物語になります

※エスァスイが言いにくい場合には「えすあすい」と発音していただいて大丈夫です。


【登場人物】


イタロ(♂)

エスァスイに生まれ育った自称錬金術師。錬金術だけでは食べていけないため

猟師として生計を立てている。力が強く、常人では扱うのが難しい弓も扱えるが

力任せな為、命中精度は低い。基本的にはドライだが、人情にはあつく、譲れ

ない事や気に入らない事には熱くなり、口調が荒くなる。情緒不安定とも。


テルエス(不問)

ハーフエルフの貴族。一見、飄々としているがそれは人を信じていないが故に

わざとそういう発言や行動をし、人と深い仲にならないようにしている。

本質的には人懐こく、人当たりは良い。

タングリスニ騎士団の師団長も任されている。


ニクラス(♂)

タングリスニ帝国騎士団所属の下っ端隊長。貴族の出であり、血筋だけはいい。

逆を言えばそれしかない男。由緒ある(本人談)貴族の家系のため、市民や一般人を

見下している。数年前に起きた戦争において市街地で爆発を起こし、多くの市民を

犠牲にしたクズ。魔法には秀でている。


アンナ(♀)

エスァスイに村娘。雑貨屋を営んでいる。イタロが作った薬を買い取り、それを

都に卸している。

快活な娘。


ナレーション

アンナが兼ねる。台本本文内では「ナレ」表記


村人

テルエスが兼ねる



【本編】


ナレ:世界の一角に存在するアグホント大陸。大陸には四つの国があり、大陸北部に位置するタングリスニ帝国。

   これは、そこで起きた、やがて世界大戦へと発展する争いの少し前のお話。

イタロ:アグホント外伝「イタロとテルエスの出会い」 (タイトルコールです)


~場面転換~ イタロの家


イタロ:…よし。あとはこれを入れれば、完成だ。……完成したぞ! 早速効果を確かめよう。うまく完成していれば傷が直ぐに癒えるはず。

ナレ:イタロは自身の腕に刃物で軽く傷をつけると、完成した薬品を腕にかけた。

イタロ:………ふぐっぅうう!!! なんだこれは!? クッソしみるではないか!? ぐぬぅぅ…!

    しかし、これだけしみたんだ。きっと傷は…。

ナレ:期待の眼差しの先には、特段先ほどと様子の変わらない傷口があるだけであった。

イタロ:…嘘だろ? これならいつも作っている薬の方がマシだ。

ナレ:イタロは薬品の入った瓶を机に置き、椅子へと腰がける。その時、彼の家の戸をノックする音が響く。

イタロ:誰だ? どうぞ。

アンナ:こんにちは、お邪魔するわよ。

イタロ:アンナか。どうしたんだ? 何か用でもあったか?

アンナ:用って…用があるから来たんでしょー? あなたがこの間うちに薬を売りに来た時、お店に細かいお金が無いからって帰ってもらったんでしょうが。それとも?別に?先日の代金が要らないっていうならぁ?

    私は用を無くしてこのまま帰ったっていいんですけどねー?

イタロ:ま、待ってくれ! そういえばそうだったな…。本当にいつも俺なんかの薬を買い取ってもらって助かるよ。

アンナ:意外とあなたの薬って評判いいのよ。ここら辺じゃ、ちゃんとした薬なんて高価でとても買えないもの。

    だから今まではハーブ汁とかで傷を治してたけれど、あなたの薬は飲むだけで傷に効くんですもの。ちょっと高くたって皆欲しいわよ。

イタロ:ちょっと待て。高い? 俺がいつももらってる金額は魚の塩漬けを買えば無くなる程度だぞ?

アンナ:差額はうちの手数料よ。ま、今後はもう少し、買値を考えてあげてもいいけどね。

イタロ:ほう。それは是非とも、可及的速やかに考えていただきたい問題だね。

アンナ:ところで、そこにある薬。初めて見るけど、また新しい物かしら?

イタロ:そうなんだが、それは失敗作だよ。製法は間違えていないはずなんだが、どうもうまくいかない。

アンナ:ふーん。どんな効能がある薬なの?

イタロ:完成していればどんな傷も傷口にかけるだけでたちまち治るんだが、そこの薬は異様なほどにしみるだけの液体になってしまってね。

アンナ:へぇ。って、あなた試したの?!

イタロ:当然だろう。試しもしないものを誰かに提供なんてできるわけがない。

アンナ:…命だけは、大事になさいよ。

ナレ:その時、外から大きな声が聞こえてきた。二人はその声を聞き、何事かと外へ出る。


~場面転換~ 村の広場


ニクラス:傾注せよぉぉぉおお!!!

ナレ:豪華な甲冑をまとった騎士が一人と、簡素だが必要十分な性能を持っているであろう甲冑をまとう騎士たちが数十名、村の広場に集まっていた。その内の一人、豪勢な甲冑をまとう男が大声を発している。

アンナ:何かしら? あれ。

イタロ:あの甲冑は帝国の騎士団じゃないか? 本で見たことがある。

ニクラス:よく聞け! 辺境の民よ! 我輩は偉大なるタングリスニ帝国騎士団第五偵察部隊部隊長、ニクラス・オーレバルド伯爵である! 我がタングリスニ帝国は昨今、高まる各国間の緊張状態を受け、各国との国境付近にて防衛拠点として砦を設置することにした!よって貴様らは今日を持ってタングリスニ帝国の支配下に置かれることになるのだ!

     そこではじめに貴様らには、砦建設用の人材と、資材。そして我が騎士団に食料を供する名誉を授ける!

村人:何を言ってんだ! 急に来て、横暴な事言ってんでねぇ!

ニクラス:黙れぇい! 下等市民が!!! 不敬罪で斬り捨てるぞ!

村人:なっ…!

イタロ:おい! ふざけた事を言うな!

ニクラス:なんだ? 貴様から斬られたいのか? 我輩は構わんぞ? んん?

イタロ:ぐっ、外道どもが…!

ニクラス:貴様ら! 何をぼさっとしておる!!! さっさと用意せんか!!!

ナレ:その後、ニクラスによる横暴が続き、エスァスイの人々は疲弊していった。そんな横暴が数カ月続いたある日の事。


~場面転換~ ニクラス達の陣地


ニクラス:ふむ…。こんな辺境と思っていたが、なかなか、よいではないか。娯楽が少ないことだけが不満だが…。

     おぉ、そうだ。良いことを思いついたぞ…。


~場面転換~ 村の広場


ニクラス:聞けい! 下等市民ども!

イタロ:今度はなんだ…。またふざけたことを言うのか?

ニクラス:さて、貴様らの働きぶりには目に余るものがある。数カ月経てども砦はいまだ完成の目を見ておらぬ。

     そこで、慈悲深い我輩であるが、泣く泣く、心を痛めながらある決断をした。

ナレ:そう言うとニクラスは一人の村人を皆の目の前に連れ出した。

ニクラス:この者はこれまでの働きぶりが一番悪いものである。よって、我輩はこの者を処断することに決めた!

イタロ:なんだと!?

村人:ひぃっ!? や、やめてくれぇ!!! も、もっと、働く! なんでもする! だから、命だけはぁ…!

ナレ:ニクラスは聞く耳を持たず、剣を抜き、振り上げる。そして、村人の首目掛け振り下ろした。

村人:ああああああああっ!!!!

ナレ:村人の首は身体から離れ、広場の地面に転がった。

アンナ:いやぁあ!!!

イタロ:…あいつ、やりやがった!

ニクラス:さあ! こうなりたくなければ、さっさと砦を築き上げろ! 本日はこれをもって解散である!

イタロ:あの野郎、絶対ぶっ飛ばしてやる…! おい、てめえ!!!

ニクラス:なんだ、貴様は。本日は解散である! さっさと失せよ!

イタロ:今まで我慢してやったがもう我慢ならねぇ!

アンナ:イタロ、やめて!!!

ナレ:イタロはニクラスを殴りつける。

イタロ:おらぁあ!

ニクラス:むぐぅぁっ!?

イタロ:てめえ、いい加減にしろよ…! 我慢ももう限界だ! いい加減にしろよ、このクソボケが! 急に来て、砦を造るって言いだしたかと思えば俺たちを好き放題に使いやがって、あまつには働きが悪いだとか抜かして殺しやがって! 俺たちはてめぇらのおもちゃじゃねぇんだよ!

ニクラス:きひゃま、わひゃはいをなふっひぇ、ひゃひゃひぇすむとおもっひぇおるのひゃ!?

     (貴様、我輩を殴って、ただで済むと思っておるのか!?)

イタロ:うるせえ! この野郎!

ナレ:イタロは第二の拳を叩き入れようとしたが周りにいた騎士たちに止められる。

イタロ:離せ!!! 離しやがれ!!! 俺はこいつをぶっ殺さなきゃ気が済まねえんだよ!!!

ナレ:抵抗するも数人がかりで取り押さえられては、なす術がない。

ニクラス:きひゃまぁ…ぬぅん!!!

ナレ:ニクラスはイタロの腹部を殴り、イタロは気絶し、そのままどこかへと連れて行かれた。


~場面転換~ 仮設牢屋


イタロ:ん、んん…。ここは…? 地下室か…? クソが、あの野郎…絶対ぶっ殺してやる…。

ニクラス:おやおや、目覚めたかね? 先ほどの拳、中々に痛かったぞ。力だけは良いものを持っておるようだなぁ。

     その力を砦建設に役立ててくれれば良いものを…。

     さて。貴様は我輩を殴った。これが何を意味するか、分かるかね?

イタロ:さてね。それより、いいのか? 俺とあんたの間には鉄格子も無ければ、俺を拘束する手錠も足枷も無え。

    つまり、あまり調子に乗るとまた痛い思いをすることになるぜ?

ニクラス:強がりだな。いや、向こう見ずと言うのか? そういきり立たず、ゆっくりと話を聞き給え。一つ、貴様に聞かせてやりたい話があってな。

イタロ:…?

ニクラス:貴様には親しい女が居たなぁ? 確か、アンナ、と言ったか? 雑貨屋を営んでいる女だよ。

イタロ:!? てめぇ、アンナに何かしたらただじゃおかねぇぞ!

ニクラス:ほっほっほ、猛るな猛るな。してな? あの女、貴様を助けるために色んなことをしてくれたぞぉ?

     それこそ、「身体」すらも提供してなぁ。いい声で鳴いておったわぁ。いやぁ、いい時間であったぁ。

     ぐふふふふはははははぁぁあ!!!!

イタロ:…この、豚がぁぁああ!!!

ナレ:イタロは放たれた矢のごとくニクラスに飛び掛かる。しかし、振り上げた拳が届くことはなかった。

イタロ:がぁっ!? なんだ…これはっ…!?

ニクラス:我輩がなんの対策もせずに来ると思っていたのかね。さすが、下等市民である。

     そういえば、聞けば貴様も魔法を使うと言うではないか。しかし知識はさほど無いようだな。魔法とは放つだけでなく、こういう使い方も出来るのだよ。

イタロ:身体が、動かない…!?

ニクラス:封縛陣。描かれた陣の上に立つ対象を捕縛するだけの方陣だが、こういった場合にはとても役に立つ。

     さて…もう一度言おうか。貴様…我輩を殴ってただで済むと思っておるのかね? 答えは要らん。

     どうなるか、これから教えてやるからな。その身体にぃ!!!

ナレ:ニクラスは無抵抗なイタロを好き放題に殴りつける。その攻撃に容赦はなく、結果として死んだとしても構わないという一撃の連続であった。

ニクラス:ふん! ぬぅ! はぁ!

イタロ:ぐっ、がっ、ごぁ…! がふ…!

~しばらくニクラスは殴り続ける演技を。イタロは殴られる演技をしてください。~

ニクラス:ふぅ…ふぅ…ふふふっはははははあ!!! 最高に気分が良いなぁ!!! 特に、貴様のような反発的な人間を無抵抗にして殴りつけるのは!!!

ナレ:イタロは殴られ続け、いつの間にか気絶している。

ニクラス:さぁて、まだ殴ってもよいが…疲れる。よって、これも慈悲である。さっさと死ぬがよい。

ナレ:ニクラスは腰に下げていた剣を抜き、イタロの頭上へと剣を振り上げる。今まさに振り下ろされんとしたその時、部屋の戸が開いた。

テルエス:こんばんわぁ、オーレバルド伯爵。

ニクラス:なぁっ!? こ、これは…テルエス師団長。ど、どうしてここへ…?

テルエス:いやね。君が各国への国境警備強化の任に就いたと聞いて、様子を見に来たのと、人材発掘にねぇ。

ニクラス:そ、そうでしたか…。

テルエス:ところで、君は今、何をしているのかな?

ニクラス:これはっ、帝国に楯突いた輩を…

テルエス:(間髪いれず)帝国に楯突いたぁ? 「君に」、の間違いじゃないかねぇ? 広場での騒動は聞かせてもらったよ。君は何か、勘違いをしているようだねぇ。

ニクラス:勘違い…ですと?

テルエス:君は確かにタングリスニ帝国の代理で来ているかもしれない。だがね。決して、君は「帝国そのもの」ではないのだよ?

ニクラス:んぐっ

テルエス:君のやっていることはまるで、領主気取りのそれだ。しかし君には統治する正当なる権利はない。

     つまり、君がやっていることは「統治」ではなく、「略奪」、「虐殺」でしかないのだよ。

ニクラス:し、しかしながら、我輩は帝国の為に!!! 国境に防衛拠点を築き上げるために最善を…!

テルエス:聞き苦しい言い訳だねぇ。君は、我が国の統治下に入っていない土地へとおもむき、そこの住人を説得した上で、タングリスニ帝国の統治下に置く。その上で砦を築く。それが君の役割のはずだよ。

     君がやったことは、単なる恐怖による支配だ。それでは民の心はついてこない。それが理解出来ない君では無いと思ったんだけど…期待はずれだね。

ニクラス:な、なにを…わ、我輩はこの土地を治めているではないですか? 数カ月に渡って統治したことが何よりの証拠! 先日の騒動は、やむを得ず、泣く泣く我輩も行ったことなのですぞ!

テルエス:黙れ! 下郎!!!

ニクラス:げろっ!? わ、我輩を下郎と言ったのか!?

テルエス:そうだよ。君がやっていることは、人間以下の犬畜生にも劣る芸当だ。伯爵という地位だけで成り上がった無能な人間だと思っていたが、よくもまぁ、ここまでの勘違いを起こせたものだね。聞けば君は、数年前に起きた戦争において、まだ逃げていない市民が居る中で爆発魔法を使ったそうじゃないか。そのせいでどれだけの市民に被害が出たのか、君は正確に把握しているのかい?

ニクラス:あ、あれは!!! 勝利の為には仕方のないことだったのです! 確かに、犠牲は出ましたが…あれは

     必要な犠牲だったのです!!!!

テルエス:同じ言葉は言いたくないのだけどねぇ。君は、自分の発言によってどれだけ自分を貶めているのか

     理解しているのかい? これ以上、私を怒らせる前に気が付いて欲しいのだがね。「伯爵」?

ニクラス:ぐぬぬ…下手に出ておれば調子に乗りおってぇ…!!! ただ所属が長いだけの半人がぁ!!!!

     貴様も動けぬようにしてやるぅ! 食らえい! 「ホールド」!

テルエス:「解呪術式・初式」

ニクラス:んなぁ!? わ、我輩の魔法が…?!

テルエス:入念な準備が必要な方陣と違い、即席の魔法はどうしても脆いからね。その程度の物なら魔法に長けて

     いない私でも容易に対抗出来る。もっとも、私も魔法にはそんなに精通していないのだけどね。

ニクラス:ぐぅっ…! かくなる上はぁ!!!!

テルエス:さて、もう起きているんだろ? 封縛陣の効果はもう解けているはずだよ。

イタロ:…ああ。あんたが誰なのか、今はそんなことどうでもいい。今はただ、この豚を殴り飛ばすだけだ!!!

    うぉぉぉおおおらあぁぁぁああ!!!!!

ニクラス:う、嘘だろ? やめ、ぐぉっはあっぁああああ!!!!

イタロ:はぁ…はぁ…、このクズが…。さっさと出ていきやがれってんだ。

テルエス:おー、いい拳だねぇ。さて、君に話があるんだ。

イタロ:その前に、お前も帝国の人間か?

テルエス:あー、そうだねぇ。確かに私も帝国の人間になるねぇ。

イタロ:だとしたら、俺はあんたの話を聞く気にはなれない。

テルエス:…。イタロ・バルムバッテン殿。この度は我らタングリスニ帝国の非礼並びに数々の悪業を謝罪する。

イタロ:…あんた、いや、あなたは他の人間とは違うのだな。

テルエス:…人間、ねぇ。いや、なんでもないさ。悪い時はちゃんと謝罪する。それは対人関係においても、そうでない場においても普遍の事さ。

イタロ:…? まあいい。それで、私に用があるとはどういうことだろうか?

テルエス:そう。私は君を勧誘しに来たんだ。聞けば君は錬金術師だというじゃないか。ぜひ、その力を我々帝国の為に貸してほしい。

イタロ:…すまないが、直ぐにはあなた達のことを信用できない。率直に言って、今すぐ出て行って欲しい。

テルエス:うーん。それじゃあ、言い方を変えよう。不敬罪でここで死ぬか、もしくは私の部下になるか。

     どっちがいいかねぇ?

イタロ:どちらも断ると言ったら?

テルエス:その場合、私の懐に入っている爆弾を起動させるかなぁ。おそらく、この村はぜーんぶ、消し飛んじゃうだろうねぇ。

イタロ:…自らの命を持って、その様な愚行に及ぶと思えないが。

テルエス:それだけ、君が欲しいという事であり、君がどこかの手に渡るぐらいなら殺してしまおうってことさ。

イタロ:…外道が。

テルエス:あはは! 外道結構! 私が外道になるだけで、君を引き入れられるならば、私は路傍の犬を蹴ったって

     構わないさ!

イタロ:なぜ、俺をそこまで買うんだ? 正直買い被りとしか思えないのだが…。

テルエス:君ぃ、さっきと雰囲気が違わないかい? 冷静さを取り戻したのだとしても、かなり変わっている。、

イタロ:…感情的になると、少し、口が悪くなってな。それで、何故俺をそこまで買う?

テルエス:ふーん。それはねぇ…「パラケルの書」

イタロ:!?

テルエス:錬金術師の祖とも、神とも呼ばれるパラケル。彼が錬金術の全てを記した書物。

     持っているんだろう? そうでもなければ、ぽっと出の錬金術師など生まれるわけがない。君が誰かに師事

     したという話も聞かないし、そもそも、錬金術師は近年は存在しないとも言われる。

     なら、君は独学で知識を得たということだ。その書物が欲しい、というのも正直な理由だねぇ。

イタロ:…ならば書物だけ渡すと言えば?

テルエス:それも悪くないけど、君はそう言わない。言うはずがない。何故ならば、君にとって錬金術は正に、生き甲斐だ。

     それこそ、村と研究のどちらかをと言えば、研究を選ぶ程度に、ねぇ。

イタロ:お見通し、か…。

テルエス:それにね。私は君とは初対面だけど、君の事は気に入ったんだ。これはとても光栄なことだぞぉ? 私は元来、

     人間不信でね。人を信用しないのだが、君のその直情的で、素直な感情はとても好ましいと思っている。

イタロ:そうかい。整理するが、私があなたたちに協力しないと言えば、私は不敬罪で処される。パラケルの書を差し出すと

    言っても納得はしてくれない。つまるところ、私が協力する以外、私が生きながらえ研究を続けられる道は無いと?

テルエス:その通り!

イタロ:…ちなみに、私が協力したとして、この村はどうなる?

テルエス:心配しないでくれ。言葉は悪いかもしれないが、ここは正当なるタングリスニ帝国支配下の村として庇護を受ける。

     その統治者には私も太鼓判を押せる人物を推すつもりだ。砦の建設は引き続き行われるが、それは全て我々帝国の人間で行うつもりだよ。ああ、心配しないでくれ。騎士団の人間たちで行うよ。

イタロ:そうか…。なら、安心だな。どうか、エスァスイの人々を頼む。

テルエス:契約成立だねぇ。これから頼むよ。君を仲間に出来て、私としても胸をなでおろす気持ちさぁ。

     ところで、村に愛着が無いようなことを言っておきながら、なんだかんだ村を犠牲にしない辺りに君の人柄が出ているねぇ。

イタロ:…ここの人達は嫌いじゃないからな。

テルエス:そうかい。あ、そうだ。そういえば、君と仲の良かった女性がいるんだろ? 彼女にも別れの挨拶をしておいでよ。

イタロ:別れの…? まさか!? アンナは…!

テルエス:実はここに呼んである。

イタロ:は?

ナレ:テルエスが指を鳴らすと奥の扉からアンナが入ってきた。

イタロ:アンナ! 無事なのか!? その、あいつにどんな酷いことをされたんだ…いや、言いにくい事であれば言わなくていい。

アンナ:イタロ、私なら無事よ。え、酷いこと? まぁ…確かにあれは屈辱と恥辱にまみれた事だったけど…。

イタロ:怪我はないのか?

アンナ:ええ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう。で、何をされたかって事だったわよね…。その、えぇと…。

    …で、…られたのよ。

イタロ:え? なんだって?

アンナ:下着姿にされて…匂いをかがれたのよ!!! もう! 何なのこの変態!!?? 挙句には羽ペンのような物でひたすらくすぐってくるし!!! くすぐって、こいつは勝手に興奮しているし!!! もう、気持ち悪いったらなかったわよ!!!

テルエス:おぉっと…それはまた、大変だったんだねぇ。その事についてもこいつに言及して、厳罰に処しておくよ。

イタロ:あー…まぁ、大変だったんだな。けど、少し意外だったな。このクソ野郎の事だからもっと酷い事をされているんじゃないかと思ったんだが。

アンナ:…私も、少し覚悟したんだけどね。なんか、「紳士たる者、無理やりはダメ。絶対」とかなんとか意味分かんない事言ってたわ。

イタロ:なんだそれ…。

テルエス:ふーん。こいつにもそんな一面があったとはねぇ。しかし、クズであることには変わりないし、君に対して酷い事をしてしまったのも事実だ。国を代表してお詫び申し上げるよ。お嬢さん。

アンナ:…許せる気はしないけれど、その謝罪は受け入れる。ただ、さっきも言わせてもらったけど、もしもこの村で酷い事をしたら出て行ってもらうわよ!

テルエス:うん。先ほどの言葉に嘘はないよ。…ああ、イタロ。君を助けに来る前に彼女とは少し話していてね。

アンナ:でも、どうして直ぐにイタロを助けに行ってくれなかったの? 一通りお話が済んでもあなた、お茶を飲んで全く動こうとしなかったじゃない。

テルエス:それはね。少し痛めつけられていた方が交渉事がうまく行くかなぁって思ってね。あと、恩を売れるかなぁと。

アンナ:…呆れた。

イタロ:…。

テルエス:いやいや、イタロ。君が何か言いたそうなのはわかる。けれど、私も万事うまく運ぶために、泣く泣くそうせざるを得なかったんだ。どうか、理解しておくれ。

イタロ:ぶっ飛ばしていいか?

テルエス:おおっと、それは勘弁だよ! ぶっ飛ばされた拍子にこれの安全装置が外れてしまうかもしれないからねぇ!

ナレ:テルエスは懐から拳くらいの大きさの爆弾を取り出し、ひらひらと見せつける。

イタロ:この…外道がぁぁぁあ!!!!

テルエス:はっはっは!!! さあ、荷物をまとめて出発しようじゃないかぁ!

アンナ:…なんだか、二人を見ていると仲の良い兄弟みたいね。

イタロ:それは!!! ない!!!!

ナレ:こうしてイタロはタングリスニの首都へと向かうこととなったのであった。


~場面転換~ タングリスニ首都


イタロ:で、俺は騎士団の一員になるのかと思ったのだが?

テルエス:冗談言っちゃぁいけない! 騎士団なんてものに入ったら朝昼晩、全てを鍛錬に充てなければならないよ!

     そうなったら、君の研究も進まないだろう? 

イタロ:だからと言って、お前の使用人になるとも言っていないんだがよぉぉおおお!!??



~おしまい~